3月頃のことになりますが,ブログでもご報告.多摩区三大学連携事業に採択していただきました「多摩区の自然環境への理解を深める体験型学習コンテンツの開発」で制作した成果物の冊子「大地のつくり」ができました. 本年度の冊子には僕はほとんどタッチしてませんが,スタッフのみなさんの尽力で素晴らしい本になりました.

取り組んだ2年生CD応用演習の学生達の成果物紹介,栗芝先生が計画した演習のプロセス,それらに加え,だれでもつくれるように教材レシピ等のコンテンツを掲載し,現場の小学校の先生方にも興味を引く内容にできたと思います.
(演習のウェブサイトはこちら)
この冊子の中に,演習スタッフがそれぞれエッセイを寄せました.
かなり荒い文章でお目汚しではありますが,上平の原稿をここに転載しておきます.
よろしければどうぞ.
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学びの体験が繋がる日
text =上平崇仁(多摩区三大学連携事業 責任者)
子どもは誰もわかってない。
去年のことである。僕の担当しているプロジェクトの学生達が小学校の先生達にインタビューに行き、こんな話を聞いてきた。小学校のカリキュラムは、"『生命』を軸に考えられているんだそうです"、と。
国語・算数・理科・社会などのそれぞれの科目は一見、当たり前のように最初から存在しているように思えるが、そうではなく、人間にとって根源的な問題である「いのちとはなにか」ということを多方面から捉え、長い試行錯誤を経て社会全体で共有すべきことがまとめられている、ということらしい。
言われてみれば、それぞれの科目の背後にある学問体系は確かに生命に対しての人類の問いであり、多角的な解釈であるというのは合点がいく話である。学校の勉強にいい思い出がない人でも、文章を書いたり読んだり、お金を計算したりしながら、なんとか社会の中で生活していくことができるのは、そういった地道な教育の成果なのだろう。これらは、多分小学校の先生方はみな日々熱心に考えていることだとしても、当の子ども達は誰もがよく分かってないという点でなかなかに興味深い。
学生達からその報告を聞きながら、僕はしばらく考えた。なぜ学級会なんてものがあったのか、と言えば、教室という小さなスケールで政治や民主主義の仕組みを理解するためだろうし、しつこく書かされた日記は、言葉を使って記述するとともにその日の出来事の振り返りを促して物語化するためだったんだろう。そして、毎日やらされた清掃は、自分達の場所を清潔に保つという習慣付け以上に、誰かが汚したものでも、誰かが復旧するための作業を負担しているというという当たり前の因果関係を理解するためでもあるんだろう・・・。そうすると、いつしか子どもの頃に意味も分からずやっていたことよりも、一段階上の狙いが読めることに気がついたのである。
遠足にしても運動会にしても、すべての小学校のイベントは、全部目的をもって組まれていたんだ、ということにようやく思い至り、当時の先生達の顔と当時の自分の気持ちを思い出しながら、なるほどそうだったのか、と初めて腑に落ちる経験をした。僕は恥ずかしながら卒業後20年以上立ってから、ようやく小学校での出来事を「学んだ」といえるのかもしれない。
学ぶ、とはどういうことなんだろうか?
人は若年期の多くを、何かを学ぶことに費やす。学校や塾、お稽古事に子ども達は忙しく、日々のペーパーテストの成績が彼らの進路に与える影響は大きい。誰もが多くの学びの機会を持ってそれまで過ごしてきていながら、それらの意味は見失われがちである。ある人は「効率よく点を取る方法を教えてくれるサービスが大事」と言い、またある人は「苦痛を減らすために、興味を引くような楽しい仕掛けが大事」と言うかもしれない。いずれもその場での解決ではあるのかもしれないが、学ぶことの本当の意味かと言われれば、ちょっと疑問符が付く。
そう考えると、子ども向けの学習教材を作るというこの演習の課題は、結構やっかいな問題であることに気がつく。そこには、自らが「学ぶこと」の意味をたかがその程度のことと短絡的に捉えると、そこで提供できる価値もまたその程度の短絡的なものになってしまうという巧妙な相互関係があるからである。いい成果のためには、まずは自分がいい学び手でなければならないのだ。
それまで自己と不可分のものであった学習体験を、だれか他の人のために切り離して考え相対化していくのはなかなか難しい。子ども達の目を輝かすだけでなく、そこで教える知識がどう達成されることを願うのか。今回、この演習に参加した大学生も、小学生レベルの簡単な知識の裏にある深さに悩まされたからこそ、この相互関係に気がついたのではないだろうか。子ども達の学びのための教材をデザインするということは、それまで想像していたよりも随分といろいろなことを考えなければならないものである。
立場を変えて見えてくること。
それらは、学習者としての自分の立ち位置を変えてみることで、初めて見えてくるものであろう。この演習では視点をチェンジする機会として、毎年登戸小学校との連携授業を行っているが、本年度も多くの方々の尽力によって実施することができた。
今回のテーマである「大地のしくみ」は非常に地味な単元である。しかし、春の震災によって、大学生も子ども達も、足元を揺るがす地震や液状化現象などのメカニズムに無知ではいられなくなったことは、この単元に対する意欲に大きな影響を与えることになった。
当初はボーッとしていた学生達も、生田緑地での調査や小学生との交流を経験して、すこしづつ自分の立場を理解していった。教材の企画には教員も含めて全員で知恵を絞った。体験型の装置も、ただ不思議な技術で子ども達を驚かせることを目的とはしなかったつもりだ。そういった努力が実って、発表会は、子ども達の方も大学生の方も、ただの知識伝達ではなく、多くの意見を交わし、考えを深める学習の場になっていたと思う。双方が関わり合いを通して影響を受け、自分の価値観を変容させるひとつのきっかけとなったはずだ。
今になって振り返ってみれば、大学生にはいろいろと反省点は残ったかもしれない。だが、なにかを学んだ、ということは、その人の中に組み立てられる体験であり、きわめて個人的なものである。それは短い発表会の時間だけで決まるわけではなく、いつか別の出来事との幸運の出会いによって、その人だけが掴み取ったものになる。その時は無我夢中で深く解釈することができなくても、それがいつかすっと腑に落ちる時のために、そして自分だけが繋げることが出来るその瞬間を追い求めて、小学生も大学生も、そして我々教員も学ぶのである。
(2012年2月12日)
(演習のウェブサイトはこちら)
この冊子の中に,演習スタッフがそれぞれエッセイを寄せました.
かなり荒い文章でお目汚しではありますが,上平の原稿をここに転載しておきます.
よろしければどうぞ.
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学びの体験が繋がる日
text =上平崇仁(多摩区三大学連携事業 責任者)
子どもは誰もわかってない。
去年のことである。僕の担当しているプロジェクトの学生達が小学校の先生達にインタビューに行き、こんな話を聞いてきた。小学校のカリキュラムは、"『生命』を軸に考えられているんだそうです"、と。
国語・算数・理科・社会などのそれぞれの科目は一見、当たり前のように最初から存在しているように思えるが、そうではなく、人間にとって根源的な問題である「いのちとはなにか」ということを多方面から捉え、長い試行錯誤を経て社会全体で共有すべきことがまとめられている、ということらしい。
言われてみれば、それぞれの科目の背後にある学問体系は確かに生命に対しての人類の問いであり、多角的な解釈であるというのは合点がいく話である。学校の勉強にいい思い出がない人でも、文章を書いたり読んだり、お金を計算したりしながら、なんとか社会の中で生活していくことができるのは、そういった地道な教育の成果なのだろう。これらは、多分小学校の先生方はみな日々熱心に考えていることだとしても、当の子ども達は誰もがよく分かってないという点でなかなかに興味深い。
学生達からその報告を聞きながら、僕はしばらく考えた。なぜ学級会なんてものがあったのか、と言えば、教室という小さなスケールで政治や民主主義の仕組みを理解するためだろうし、しつこく書かされた日記は、言葉を使って記述するとともにその日の出来事の振り返りを促して物語化するためだったんだろう。そして、毎日やらされた清掃は、自分達の場所を清潔に保つという習慣付け以上に、誰かが汚したものでも、誰かが復旧するための作業を負担しているというという当たり前の因果関係を理解するためでもあるんだろう・・・。そうすると、いつしか子どもの頃に意味も分からずやっていたことよりも、一段階上の狙いが読めることに気がついたのである。
遠足にしても運動会にしても、すべての小学校のイベントは、全部目的をもって組まれていたんだ、ということにようやく思い至り、当時の先生達の顔と当時の自分の気持ちを思い出しながら、なるほどそうだったのか、と初めて腑に落ちる経験をした。僕は恥ずかしながら卒業後20年以上立ってから、ようやく小学校での出来事を「学んだ」といえるのかもしれない。
学ぶ、とはどういうことなんだろうか?
人は若年期の多くを、何かを学ぶことに費やす。学校や塾、お稽古事に子ども達は忙しく、日々のペーパーテストの成績が彼らの進路に与える影響は大きい。誰もが多くの学びの機会を持ってそれまで過ごしてきていながら、それらの意味は見失われがちである。ある人は「効率よく点を取る方法を教えてくれるサービスが大事」と言い、またある人は「苦痛を減らすために、興味を引くような楽しい仕掛けが大事」と言うかもしれない。いずれもその場での解決ではあるのかもしれないが、学ぶことの本当の意味かと言われれば、ちょっと疑問符が付く。
そう考えると、子ども向けの学習教材を作るというこの演習の課題は、結構やっかいな問題であることに気がつく。そこには、自らが「学ぶこと」の意味をたかがその程度のことと短絡的に捉えると、そこで提供できる価値もまたその程度の短絡的なものになってしまうという巧妙な相互関係があるからである。いい成果のためには、まずは自分がいい学び手でなければならないのだ。
それまで自己と不可分のものであった学習体験を、だれか他の人のために切り離して考え相対化していくのはなかなか難しい。子ども達の目を輝かすだけでなく、そこで教える知識がどう達成されることを願うのか。今回、この演習に参加した大学生も、小学生レベルの簡単な知識の裏にある深さに悩まされたからこそ、この相互関係に気がついたのではないだろうか。子ども達の学びのための教材をデザインするということは、それまで想像していたよりも随分といろいろなことを考えなければならないものである。
立場を変えて見えてくること。
それらは、学習者としての自分の立ち位置を変えてみることで、初めて見えてくるものであろう。この演習では視点をチェンジする機会として、毎年登戸小学校との連携授業を行っているが、本年度も多くの方々の尽力によって実施することができた。
今回のテーマである「大地のしくみ」は非常に地味な単元である。しかし、春の震災によって、大学生も子ども達も、足元を揺るがす地震や液状化現象などのメカニズムに無知ではいられなくなったことは、この単元に対する意欲に大きな影響を与えることになった。
当初はボーッとしていた学生達も、生田緑地での調査や小学生との交流を経験して、すこしづつ自分の立場を理解していった。教材の企画には教員も含めて全員で知恵を絞った。体験型の装置も、ただ不思議な技術で子ども達を驚かせることを目的とはしなかったつもりだ。そういった努力が実って、発表会は、子ども達の方も大学生の方も、ただの知識伝達ではなく、多くの意見を交わし、考えを深める学習の場になっていたと思う。双方が関わり合いを通して影響を受け、自分の価値観を変容させるひとつのきっかけとなったはずだ。
今になって振り返ってみれば、大学生にはいろいろと反省点は残ったかもしれない。だが、なにかを学んだ、ということは、その人の中に組み立てられる体験であり、きわめて個人的なものである。それは短い発表会の時間だけで決まるわけではなく、いつか別の出来事との幸運の出会いによって、その人だけが掴み取ったものになる。その時は無我夢中で深く解釈することができなくても、それがいつかすっと腑に落ちる時のために、そして自分だけが繋げることが出来るその瞬間を追い求めて、小学生も大学生も、そして我々教員も学ぶのである。
(2012年2月12日)

MY ROLE PROJECTが本になりました.
2011年度の専修大学ネットワーク情報学部の2年次基礎演習で実施したインタビューを編集しなおし,オンデマンドで限定出版したものです.オンデマンドと言ってもなかなかの仕上がりで,ぱっと見は,普通に書店に並んでいても遜色ない出来映え.残念ながら非売品です.
記事作成は履修生全員,編集は学生有志による編集委員会(清水君,山田君,白土さん,諸星さん),演習での指導は栗芝先生+星野先生+僕,ブックデザインは高橋さん(4年上平研),そして企画監修が上平と,多くの人々がそれぞれ担当したことを結集することによって出来あがった力作です.みなさん,お疲れ様でした.出版費は,専修大学情報科学研究所の研究助成を頂きました. 感謝致します.
インタビュートップは,障がい者雇用のリーディングカンパニー,日本理化学工業の大山会長.実は専大の近くにあります.MY ROLEは,学部で2年前から演習課題の一環として実施している活動です.(実質,5〜6週間程度)インタビューをコンテンツ化するというのはわりとよくある方法ですが,普通に取材に行くだけでは社会人の方が一方的に協力することになりがちです.そうじゃなくて,社会人の方も「引き受けて良かった」と嬉しく思えるように,なんらかのかたちで学生からもギブできないか,という相互贈与関係を模索している試みです.
そこからさらに僕がプロジェクトとして構想しているのは,このMY ROLEという名前や仕組みをスケールさせ,日本や世界のあちこちで展開すること.
どこでだれがやっても絶対に同じものになりませんし,課題内容に困っているところもあるかもしれません.クリエイティブコモンズライセンスの元で,オープンソースの教材としてやり方を公開・共有したり,出版費用に対するノウハウや,その他アイデアを付け加えて成長させていけないかな,と.
有名な人ではなくても,ふと耳を澄ませば人々の語りは魅力に溢れています.なにも無いように思える地域でも,切り口次第でコンテンツはつくれます.学生たちが学ぶ力をうまく変換すれば,おおげさに社会変革を唱えなくても,生活の中に埋もれている価値を改めて見直していくような,ささやかなきっかけになるのかもしれません.
というわけで,教育機関(小・中・高・大)で教育に関わられている方で関心を持たれた方がいらっしゃいましたら,先着5名様にこの書籍を差し上げます.上平までメール(kamihira_at_isc.senshu-u.ac.jp)かその他ソーシャルメディアでリプください.申し訳ありませんが,関係者や協力者の方々に配布したら,瞬く間に捌けていき,在庫がもうほとんどありません・・・.
上平による序文より
<前略>
そんな社会と教育の場の乖離を見て、僕はこのプロジェクトを始めた。MY ROLE Projectは、人々が協同で作り上げることを通して、教育と社会の双方の場に意義をもたらすような読み物を企画・出版するという、いわば参加型デザインの枠組みのことである。これは僕自身が自分の仕事、そして役割を考えた末の小さな試みでもあった。
今回、収録したインタビューに協力してくださったのは、神奈川県川崎市近郊で働いている社会人の方々だ。この方々を取材し、記事を作成したのは、2011年度の専修大学ネットワーク情報学部インタラクションデザイン基礎演習の2年生約百名の履修者である。各チームから集められた記事を、履修生有志による4人の編集委員会が一冊の本として構成した。
取材は演習のグループ課題として行われており、学生たちはそれを進める過程で、社会人の協力の元で実践的な学びを得た。また一方で社会人の方には、インタビューに応え、学生を経由して個人的な仕事への思いを語って頂いた。言葉を自分の外に出し、丁寧に紡いでいく過程で自分の仕事の意味、役割について考えを深める契機となったに違いない。そして、活字として記録することで、一般の読者とも共有することができるようになった。学生、そして社会人がそれぞれの立場で貢献したことが、一冊の本というかたちになることで、参加者の一人としての誇りへと変化することを目指した。
本書を読む人は、登場する31人の人々の考え方やエピソードに触れながら、街の中での役割の多様さや、川崎という街を形成している人々の関わりあいを知ることができるに違いない。そこから自分の住む街についても、これまで気づかなかった部分への視点と重ねあわせながら、想像を巡らすことができるはずだ。
人が自分の役割を為す上で、大事なことは何か。そして街のために働く人々は何のために働くのか。それぞれの語りを通して、おぼろげながらそれらが見えてくるだろう。
<後略>
シンガポールは面白い文化を持つ国だった。
行ってみたいと思う人もいるかもしれないので、撮ってきた写真をアップしておきます。
(ちょっと多いですが30枚程度)
行ってみたいと思う人もいるかもしれないので、撮ってきた写真をアップしておきます。
(ちょっと多いですが30枚程度)
Pictures in Singaporeの続きを読む

前回のエントリ
1、新3年生プロジェクト学習のための予備調査(学生)
2、シンガポール大学の研究室訪問(上平のみ)
3、南洋理工大(NTU)とシンガポール大学(NUS)見学
4、インタビュー調査
と合宿の4つの目的を書いたが、最後の5つ目。
■目的5、生きた学習環境としての海外訪問の意義を考える
就活早期化の影響で、最近の大学生は昔よりも海外旅行に行けるような時期的余裕は減っている。しかしながら、旅の経験は机の上では得られない学びの最たるものだろう。昨夏、僕と一緒にアラスカ大に行った4年生2人が、街中での体験や向こうで出来た現地の友達のことを本当に目を輝かして語っていたが、今回の学生達も一生忘れないような濃い経験をしたようだ。旅は若者を元気づけ、そしてその後の生き方を再考させる力がある。観光旅行は難しくても、今回のような調査旅行や、本学でも松永先生が取り組んでいるように国際大会への挑戦や、研究発表やワークショップなど、勉学の一環として組み込んでいくのはいろんなやり方があるのかもしれない。
この度の震災で被災された皆様にはお見舞い申し上げます。
震災の被害に加えて原発事故で今も大変な国難の時期が続いているところで、3月下旬には数ヶ月前から学生達と計画していたシンガポール合宿が迫っていた。全く先が読めないピリピリしたこんな時期に日本から出るにあたっての不安材料はつきなかったが、また別途機会ができるわけでもなく、いろいろ検討した結果、行くことができるメンバーだけで決行してきた。そして無事に合宿を終えて帰国する事ができたので、自分のふりかえりとしてブログにまとめておきたいと思う。(新学期の延期で珍しく時間ができたせいもある)
シンガポールの雰囲気が伝わるように写真を多めにしてみた。長いです。
震災の被害に加えて原発事故で今も大変な国難の時期が続いているところで、3月下旬には数ヶ月前から学生達と計画していたシンガポール合宿が迫っていた。全く先が読めないピリピリしたこんな時期に日本から出るにあたっての不安材料はつきなかったが、また別途機会ができるわけでもなく、いろいろ検討した結果、行くことができるメンバーだけで決行してきた。そして無事に合宿を終えて帰国する事ができたので、自分のふりかえりとしてブログにまとめておきたいと思う。(新学期の延期で珍しく時間ができたせいもある)
シンガポールの雰囲気が伝わるように写真を多めにしてみた。長いです。
旭山動物園でみた"森の人",オランウータン.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
2月の下旬のある日,北海道の旭山動物園に行ってきた.旭山動物園は年間300万人以上の訪問者があるという人気の動物園で,大変面白い展示の仕方で知られている.ブームになってかなり経つし,「ようやく今頃」なのではあるが,実際に足を運んでみて,確かにわざわざ北海道の外からも訪れるだけの価値のある場所だということがよくわかった.
これはもはや従来の動物園というカテゴリでは収まらないのでないか.有名な"あざらし館"や"ぺんぎん館"などのユニークな展示施設だけではない.園内の隅々まで温かい工夫が凝らされ,動物たちと人間の関係,そして生命が循環する生態系についての真摯なメッセージが訴えられており,僕もいっぺんにファンになってしまった.
中編では,旭山動物園の様子を紹介してみる.
これはもはや従来の動物園というカテゴリでは収まらないのでないか.有名な"あざらし館"や"ぺんぎん館"などのユニークな展示施設だけではない.園内の隅々まで温かい工夫が凝らされ,動物たちと人間の関係,そして生命が循環する生態系についての真摯なメッセージが訴えられており,僕もいっぺんにファンになってしまった.
中編では,旭山動物園の様子を紹介してみる.
柔道に「空気投げ」という秘技があるそうだ.よくマンガや小説の題材にもなったりするのでご存じの方も多いと思うが,その技を使える人はほとんどいないらしく,実際に見ることは難しい.でも,この技を編み出した伝説の柔術家,三船久三十段の映像資料が残っており,YouTubeにアップされているので,誰でも(映像で)見ることが出来る.
この空気投げの映像,素人目で見ても何がすごいのかはよく理解できないが,軽々と舞う三船十段と組んでいる相手はいとも簡単にポンと投げられているのがわかる.よく見ると相手の柔道衣を掴んだ手以外は相手に触れていない.足も腰も使わないのに相手はつんのめったようにくずされている.こんな風に,まるで空気に投げられたような不思議な決まり方をすることから,この技の名がある,という.
三船十段の言葉によると,この技の原理は「相手が動に転じた瞬間、重心を下げて相手を投げる」とのことで.攻撃を瞬間的に感じ取り、その力を転化させ自分で転ぶように導く,という高度な判断で成されているようだ.
もともと,柔道自体が相手の力を利用して相手を制し,小さな者でも大きな者を倒すことができる"柔よく剛を制す"という基本理念を持つ武道であるが,この技はその考え方が名人技まで高められた美しさを持っているように思われる.
さて,ここで唐突に柔道のことを取り上げたのは,格闘技に限らず,デザインにおいても,この相手の力を最大限に利用する,ということの大事さをここのところずっと考えているからである.
デザインという営為は,そもそも問題対象と使う人の"関係"によって成り立つものだろう.多くの場合,利用される現場での様々な制約が発想の源になるように,それ単体で何かの最適解が存在するわけではない. 逆に言えば,デザイナーがどんなに思い込みで力をいれようが,実際の場における関係を掴んでいないと空回りするばかりである.
力任せにふんばるばかりでは相手は投げられないし,そんなことを繰り返しても疲れて動きもとまってしまう.自分と相手の関係(横軸),連続しつつ切り替わるフェーズとの関係(縦軸)などの力をそれぞれバラバラのものとして考えず.適切に力を借りるタイミング,力を入れるタイミングを読むことを心掛けたいものだ.
ところで,ある人が指摘するところによると,先の映像の三船十段は,組んでいる最中にふわりと飛びながらも絶妙に下向きの力を相手にかけているのだという...恐るべし.
人間の体というのは、外から力が働いてきたときには、関連する骨の周囲にある筋肉を緊張させることで骨を補強するという自己防衛システムが備わっている。 この場合も、下向きの力をかけられることで、胴体周囲や、両足の骨の周囲の筋肉が、意識しないうちに緊張する。この骨を固めるという緊張を強いられた結果 として、「空気投げ」に対応するための微妙な動きが充分できず、ぎこちない動きになって倒されてしまうというのだ。(「武道の達人」保江邦夫)
「不安定な姿勢に導かれた相手は、支えをはずされたとたん、つんのめって倒れてしまう」という「空気投げ」の基本に加えて、足運びを乱すための準備として、三船十段はこんな「隠し技」を使っていたんだ!空気投げ(その2)-Fight Club
結果(技がきまる瞬間)だけではなく,こういう前後関係も技に含まれるわけで,それを考えれば身体システムの関わり合いの複雑さを思い知る.
大事なことは動きのシステムの中にある.全部デザインに置き換えるつもりはないが,問題の仕組みをよく理解した上でそれを絶妙につかった方略を知るとき,なんだかそれは他の問題に対しても示唆に富むように思えるのである.
そしてこの動画をみながら,そんなことを考えていたところ,かの「旭山動物園」も同様な位置づけにあるんじゃないかと思いあたった.
スターとなる動物はいなくても,面白い見せ方の工夫で驚異的な人気を得た動物園だ.有名になって随分経つけど.恥ずかしながら実際に行ったことはなかったので,いい機会とばかりに行ってみることにした.
(つづく)
直前になって申し訳ありませんが、18日に担当している2年生の演習発表会を行いますのでご案内いたします。3つのクラス(再履修クラス含む)の合同発表会で、上平クラスでは、このブログで最近数ヶ月演習プロセスを連載していた「TaikenMarker」の成果物を出展いたします。現在学生達はテストの合間を縫いつつ、完成に向けて追い込み中です。学内外問わずどなたでもご覧頂けますので、短い時間で恐縮ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
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コンテンツデザインコース展
専修大学ネットワーク情報学部
2009年度 コンテンツデザイン総合演習 最終成果発表会
◎日時=2010年1月18日(月)13:05〜17:00
◎場所=専修大学生田キャンパス 10号館4Fホワイエ
◎出展者=コンテンツデザインコース2年生
◎形式=作品とパネルによるインタラクティブプレゼンテーション。
発表時間に随時プレゼン致します。 (入退場自由)
公式ウェブサイト
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こちらは上平クラスの演習サイトです。
Flow&Stock,TaikenMarker
ビジュアルは手抜きですが、制作プロセスのコンテンツを充実させましたのでご覧下さい。準備中のところは後日作成予定です。
コンテンツデザイン総合演習は、カリキュラム改訂により本年度で終わり。
来年度からプログラム制にかわり、演習チーフは栗芝先生にバトンタッチします。

あけましておめでとうございます。
2010年は、もう少し自分の仕事を深めることと、集中力を上げることを目指したいと思います。
このkamihira_logも、もう6年目。最近はもっぱらTwitter(@peru_g13)で、ここは時々書いているぐらいですが、たまに頂くフィードバックが続けるエネルギーになっております。
写真は自宅の窓から見える富士山。今日は快晴です。
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2010 元旦
