
2年生インタラクションデザイン基礎演習で実施しているインタビューを収録した書籍「MY ROLE 2012 -川崎の「食」を支える人々-」が今年も出来上がりました。オンデマンドでの少部数出版ですが、鮮やかな表紙で目立ちそうな本です。
今年は川崎市産業振興財団との共同企画で、川崎市で飲食店・食品製造、食品に関わる機械製造などに関わるユニークな事業を展開している企業の経営者の皆様にご協力頂き、素晴らしい本になりました。記事を作成した履修生のみなさん、編集を担当した編集委員会(香津君、楠君、湯山君、中川さん、中川さん)の皆さん、エディトリアルデザインを担当した諸星さん、お疲れ様でした。インタビューの実施時期は、2012年の6月。なんだかんだで出版まで半年以上かかってしまいましたが、県立図書館に寄贈させて頂く事も出来、何十年も残せる形になったのは、いいことです。
まだ少々予備の部数がありますので、もし読まれたい方がいらっしゃいましたら、お送りさせていただきますので、ご連絡いただけましたらと思います。
(いろいろと初歩的なミスは多いですが・・・ご容赦ください)
MY ROLE 2012 が出来ましたの続きを読む
IA Basic learning kitとは
Webにおける情報設計(インフォメーションアーキテクチャ)についての基礎的な考え方を学ぶことを目的とした教材です。ワークショップ形式でみんなで考えながら進めていくことができます。もともと僕が担当しているネットワーク情報学部の2年生向けの演習用教材として開発したものですが、広く一般の人や他大学の学生さん達にも利用してもらえるように新しくまとめ直しました。
内容に関しては、坂本貴史さん(ネットイヤーグループ株式会社 UXデザイナー / IA Thinking 著者)に専門的視点で監修して戴きましたので、数少ないIA系の初学者向け教材として使えるレベルになっていると思います。
Webにおける情報設計(インフォメーションアーキテクチャ)についての基礎的な考え方を学ぶことを目的とした教材です。ワークショップ形式でみんなで考えながら進めていくことができます。もともと僕が担当しているネットワーク情報学部の2年生向けの演習用教材として開発したものですが、広く一般の人や他大学の学生さん達にも利用してもらえるように新しくまとめ直しました。
内容に関しては、坂本貴史さん(ネットイヤーグループ株式会社 UXデザイナー / IA Thinking 著者)に専門的視点で監修して戴きましたので、数少ないIA系の初学者向け教材として使えるレベルになっていると思います。

教育映像Tunnelman シリーズの "TunnelMan Episode 5 Permafrost history" が公開されました.
2010年の夏にアラスカのフェアバンクスに滞在していた時,ちょっとしたご縁で僕と当時の研究室の学生2名と飛び入りで撮影に参加させて頂いたものです.よろしければご覧下さい.(写真は当時の学生だったO君とN君)
3月頃のことになりますが,ブログでもご報告.多摩区三大学連携事業に採択していただきました「多摩区の自然環境への理解を深める体験型学習コンテンツの開発」で制作した成果物の冊子「大地のつくり」ができました. 本年度の冊子には僕はほとんどタッチしてませんが,スタッフのみなさんの尽力で素晴らしい本になりました.

取り組んだ2年生CD応用演習の学生達の成果物紹介,栗芝先生が計画した演習のプロセス,それらに加え,だれでもつくれるように教材レシピ等のコンテンツを掲載し,現場の小学校の先生方にも興味を引く内容にできたと思います.
(演習のウェブサイトはこちら)
この冊子の中に,演習スタッフがそれぞれエッセイを寄せました.
かなり荒い文章でお目汚しではありますが,上平の原稿をここに転載しておきます.
よろしければどうぞ.
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学びの体験が繋がる日
text =上平崇仁(多摩区三大学連携事業 責任者)
子どもは誰もわかってない。
去年のことである。僕の担当しているプロジェクトの学生達が小学校の先生達にインタビューに行き、こんな話を聞いてきた。小学校のカリキュラムは、"『生命』を軸に考えられているんだそうです"、と。
国語・算数・理科・社会などのそれぞれの科目は一見、当たり前のように最初から存在しているように思えるが、そうではなく、人間にとって根源的な問題である「いのちとはなにか」ということを多方面から捉え、長い試行錯誤を経て社会全体で共有すべきことがまとめられている、ということらしい。
言われてみれば、それぞれの科目の背後にある学問体系は確かに生命に対しての人類の問いであり、多角的な解釈であるというのは合点がいく話である。学校の勉強にいい思い出がない人でも、文章を書いたり読んだり、お金を計算したりしながら、なんとか社会の中で生活していくことができるのは、そういった地道な教育の成果なのだろう。これらは、多分小学校の先生方はみな日々熱心に考えていることだとしても、当の子ども達は誰もがよく分かってないという点でなかなかに興味深い。
学生達からその報告を聞きながら、僕はしばらく考えた。なぜ学級会なんてものがあったのか、と言えば、教室という小さなスケールで政治や民主主義の仕組みを理解するためだろうし、しつこく書かされた日記は、言葉を使って記述するとともにその日の出来事の振り返りを促して物語化するためだったんだろう。そして、毎日やらされた清掃は、自分達の場所を清潔に保つという習慣付け以上に、誰かが汚したものでも、誰かが復旧するための作業を負担しているというという当たり前の因果関係を理解するためでもあるんだろう・・・。そうすると、いつしか子どもの頃に意味も分からずやっていたことよりも、一段階上の狙いが読めることに気がついたのである。
遠足にしても運動会にしても、すべての小学校のイベントは、全部目的をもって組まれていたんだ、ということにようやく思い至り、当時の先生達の顔と当時の自分の気持ちを思い出しながら、なるほどそうだったのか、と初めて腑に落ちる経験をした。僕は恥ずかしながら卒業後20年以上立ってから、ようやく小学校での出来事を「学んだ」といえるのかもしれない。
学ぶ、とはどういうことなんだろうか?
人は若年期の多くを、何かを学ぶことに費やす。学校や塾、お稽古事に子ども達は忙しく、日々のペーパーテストの成績が彼らの進路に与える影響は大きい。誰もが多くの学びの機会を持ってそれまで過ごしてきていながら、それらの意味は見失われがちである。ある人は「効率よく点を取る方法を教えてくれるサービスが大事」と言い、またある人は「苦痛を減らすために、興味を引くような楽しい仕掛けが大事」と言うかもしれない。いずれもその場での解決ではあるのかもしれないが、学ぶことの本当の意味かと言われれば、ちょっと疑問符が付く。
そう考えると、子ども向けの学習教材を作るというこの演習の課題は、結構やっかいな問題であることに気がつく。そこには、自らが「学ぶこと」の意味をたかがその程度のことと短絡的に捉えると、そこで提供できる価値もまたその程度の短絡的なものになってしまうという巧妙な相互関係があるからである。いい成果のためには、まずは自分がいい学び手でなければならないのだ。
それまで自己と不可分のものであった学習体験を、だれか他の人のために切り離して考え相対化していくのはなかなか難しい。子ども達の目を輝かすだけでなく、そこで教える知識がどう達成されることを願うのか。今回、この演習に参加した大学生も、小学生レベルの簡単な知識の裏にある深さに悩まされたからこそ、この相互関係に気がついたのではないだろうか。子ども達の学びのための教材をデザインするということは、それまで想像していたよりも随分といろいろなことを考えなければならないものである。
立場を変えて見えてくること。
それらは、学習者としての自分の立ち位置を変えてみることで、初めて見えてくるものであろう。この演習では視点をチェンジする機会として、毎年登戸小学校との連携授業を行っているが、本年度も多くの方々の尽力によって実施することができた。
今回のテーマである「大地のしくみ」は非常に地味な単元である。しかし、春の震災によって、大学生も子ども達も、足元を揺るがす地震や液状化現象などのメカニズムに無知ではいられなくなったことは、この単元に対する意欲に大きな影響を与えることになった。
当初はボーッとしていた学生達も、生田緑地での調査や小学生との交流を経験して、すこしづつ自分の立場を理解していった。教材の企画には教員も含めて全員で知恵を絞った。体験型の装置も、ただ不思議な技術で子ども達を驚かせることを目的とはしなかったつもりだ。そういった努力が実って、発表会は、子ども達の方も大学生の方も、ただの知識伝達ではなく、多くの意見を交わし、考えを深める学習の場になっていたと思う。双方が関わり合いを通して影響を受け、自分の価値観を変容させるひとつのきっかけとなったはずだ。
今になって振り返ってみれば、大学生にはいろいろと反省点は残ったかもしれない。だが、なにかを学んだ、ということは、その人の中に組み立てられる体験であり、きわめて個人的なものである。それは短い発表会の時間だけで決まるわけではなく、いつか別の出来事との幸運の出会いによって、その人だけが掴み取ったものになる。その時は無我夢中で深く解釈することができなくても、それがいつかすっと腑に落ちる時のために、そして自分だけが繋げることが出来るその瞬間を追い求めて、小学生も大学生も、そして我々教員も学ぶのである。
(2012年2月12日)
(演習のウェブサイトはこちら)
この冊子の中に,演習スタッフがそれぞれエッセイを寄せました.
かなり荒い文章でお目汚しではありますが,上平の原稿をここに転載しておきます.
よろしければどうぞ.
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学びの体験が繋がる日
text =上平崇仁(多摩区三大学連携事業 責任者)
子どもは誰もわかってない。
去年のことである。僕の担当しているプロジェクトの学生達が小学校の先生達にインタビューに行き、こんな話を聞いてきた。小学校のカリキュラムは、"『生命』を軸に考えられているんだそうです"、と。
国語・算数・理科・社会などのそれぞれの科目は一見、当たり前のように最初から存在しているように思えるが、そうではなく、人間にとって根源的な問題である「いのちとはなにか」ということを多方面から捉え、長い試行錯誤を経て社会全体で共有すべきことがまとめられている、ということらしい。
言われてみれば、それぞれの科目の背後にある学問体系は確かに生命に対しての人類の問いであり、多角的な解釈であるというのは合点がいく話である。学校の勉強にいい思い出がない人でも、文章を書いたり読んだり、お金を計算したりしながら、なんとか社会の中で生活していくことができるのは、そういった地道な教育の成果なのだろう。これらは、多分小学校の先生方はみな日々熱心に考えていることだとしても、当の子ども達は誰もがよく分かってないという点でなかなかに興味深い。
学生達からその報告を聞きながら、僕はしばらく考えた。なぜ学級会なんてものがあったのか、と言えば、教室という小さなスケールで政治や民主主義の仕組みを理解するためだろうし、しつこく書かされた日記は、言葉を使って記述するとともにその日の出来事の振り返りを促して物語化するためだったんだろう。そして、毎日やらされた清掃は、自分達の場所を清潔に保つという習慣付け以上に、誰かが汚したものでも、誰かが復旧するための作業を負担しているというという当たり前の因果関係を理解するためでもあるんだろう・・・。そうすると、いつしか子どもの頃に意味も分からずやっていたことよりも、一段階上の狙いが読めることに気がついたのである。
遠足にしても運動会にしても、すべての小学校のイベントは、全部目的をもって組まれていたんだ、ということにようやく思い至り、当時の先生達の顔と当時の自分の気持ちを思い出しながら、なるほどそうだったのか、と初めて腑に落ちる経験をした。僕は恥ずかしながら卒業後20年以上立ってから、ようやく小学校での出来事を「学んだ」といえるのかもしれない。
学ぶ、とはどういうことなんだろうか?
人は若年期の多くを、何かを学ぶことに費やす。学校や塾、お稽古事に子ども達は忙しく、日々のペーパーテストの成績が彼らの進路に与える影響は大きい。誰もが多くの学びの機会を持ってそれまで過ごしてきていながら、それらの意味は見失われがちである。ある人は「効率よく点を取る方法を教えてくれるサービスが大事」と言い、またある人は「苦痛を減らすために、興味を引くような楽しい仕掛けが大事」と言うかもしれない。いずれもその場での解決ではあるのかもしれないが、学ぶことの本当の意味かと言われれば、ちょっと疑問符が付く。
そう考えると、子ども向けの学習教材を作るというこの演習の課題は、結構やっかいな問題であることに気がつく。そこには、自らが「学ぶこと」の意味をたかがその程度のことと短絡的に捉えると、そこで提供できる価値もまたその程度の短絡的なものになってしまうという巧妙な相互関係があるからである。いい成果のためには、まずは自分がいい学び手でなければならないのだ。
それまで自己と不可分のものであった学習体験を、だれか他の人のために切り離して考え相対化していくのはなかなか難しい。子ども達の目を輝かすだけでなく、そこで教える知識がどう達成されることを願うのか。今回、この演習に参加した大学生も、小学生レベルの簡単な知識の裏にある深さに悩まされたからこそ、この相互関係に気がついたのではないだろうか。子ども達の学びのための教材をデザインするということは、それまで想像していたよりも随分といろいろなことを考えなければならないものである。
立場を変えて見えてくること。
それらは、学習者としての自分の立ち位置を変えてみることで、初めて見えてくるものであろう。この演習では視点をチェンジする機会として、毎年登戸小学校との連携授業を行っているが、本年度も多くの方々の尽力によって実施することができた。
今回のテーマである「大地のしくみ」は非常に地味な単元である。しかし、春の震災によって、大学生も子ども達も、足元を揺るがす地震や液状化現象などのメカニズムに無知ではいられなくなったことは、この単元に対する意欲に大きな影響を与えることになった。
当初はボーッとしていた学生達も、生田緑地での調査や小学生との交流を経験して、すこしづつ自分の立場を理解していった。教材の企画には教員も含めて全員で知恵を絞った。体験型の装置も、ただ不思議な技術で子ども達を驚かせることを目的とはしなかったつもりだ。そういった努力が実って、発表会は、子ども達の方も大学生の方も、ただの知識伝達ではなく、多くの意見を交わし、考えを深める学習の場になっていたと思う。双方が関わり合いを通して影響を受け、自分の価値観を変容させるひとつのきっかけとなったはずだ。
今になって振り返ってみれば、大学生にはいろいろと反省点は残ったかもしれない。だが、なにかを学んだ、ということは、その人の中に組み立てられる体験であり、きわめて個人的なものである。それは短い発表会の時間だけで決まるわけではなく、いつか別の出来事との幸運の出会いによって、その人だけが掴み取ったものになる。その時は無我夢中で深く解釈することができなくても、それがいつかすっと腑に落ちる時のために、そして自分だけが繋げることが出来るその瞬間を追い求めて、小学生も大学生も、そして我々教員も学ぶのである。
(2012年2月12日)

MY ROLE PROJECTが本になりました.
2011年度の専修大学ネットワーク情報学部の2年次基礎演習で実施したインタビューを編集しなおし,オンデマンドで限定出版したものです.オンデマンドと言ってもなかなかの仕上がりで,ぱっと見は,普通に書店に並んでいても遜色ない出来映え.残念ながら非売品です.
記事作成は履修生全員,編集は学生有志による編集委員会(清水君,山田君,白土さん,諸星さん),演習での指導は栗芝先生+星野先生+僕,ブックデザインは高橋さん(4年上平研),そして企画監修が上平と,多くの人々がそれぞれ担当したことを結集することによって出来あがった力作です.みなさん,お疲れ様でした.出版費は,専修大学情報科学研究所の研究助成を頂きました. 感謝致します.
インタビュートップは,障がい者雇用のリーディングカンパニー,日本理化学工業の大山会長.実は専大の近くにあります.MY ROLEは,学部で2年前から演習課題の一環として実施している活動です.(実質,5〜6週間程度)インタビューをコンテンツ化するというのはわりとよくある方法ですが,普通に取材に行くだけでは社会人の方が一方的に協力することになりがちです.そうじゃなくて,社会人の方も「引き受けて良かった」と嬉しく思えるように,なんらかのかたちで学生からもギブできないか,という相互贈与関係を模索している試みです.
そこからさらに僕がプロジェクトとして構想しているのは,このMY ROLEという名前や仕組みをスケールさせ,日本や世界のあちこちで展開すること.
どこでだれがやっても絶対に同じものになりませんし,課題内容に困っているところもあるかもしれません.クリエイティブコモンズライセンスの元で,オープンソースの教材としてやり方を公開・共有したり,出版費用に対するノウハウや,その他アイデアを付け加えて成長させていけないかな,と.
有名な人ではなくても,ふと耳を澄ませば人々の語りは魅力に溢れています.なにも無いように思える地域でも,切り口次第でコンテンツはつくれます.学生たちが学ぶ力をうまく変換すれば,おおげさに社会変革を唱えなくても,生活の中に埋もれている価値を改めて見直していくような,ささやかなきっかけになるのかもしれません.
というわけで,教育機関(小・中・高・大)で教育に関わられている方で関心を持たれた方がいらっしゃいましたら,先着5名様にこの書籍を差し上げます.上平までメール(kamihira_at_isc.senshu-u.ac.jp)かその他ソーシャルメディアでリプください.申し訳ありませんが,関係者や協力者の方々に配布したら,瞬く間に捌けていき,在庫がもうほとんどありません・・・.
上平による序文より
<前略>
そんな社会と教育の場の乖離を見て、僕はこのプロジェクトを始めた。MY ROLE Projectは、人々が協同で作り上げることを通して、教育と社会の双方の場に意義をもたらすような読み物を企画・出版するという、いわば参加型デザインの枠組みのことである。これは僕自身が自分の仕事、そして役割を考えた末の小さな試みでもあった。
今回、収録したインタビューに協力してくださったのは、神奈川県川崎市近郊で働いている社会人の方々だ。この方々を取材し、記事を作成したのは、2011年度の専修大学ネットワーク情報学部インタラクションデザイン基礎演習の2年生約百名の履修者である。各チームから集められた記事を、履修生有志による4人の編集委員会が一冊の本として構成した。
取材は演習のグループ課題として行われており、学生たちはそれを進める過程で、社会人の協力の元で実践的な学びを得た。また一方で社会人の方には、インタビューに応え、学生を経由して個人的な仕事への思いを語って頂いた。言葉を自分の外に出し、丁寧に紡いでいく過程で自分の仕事の意味、役割について考えを深める契機となったに違いない。そして、活字として記録することで、一般の読者とも共有することができるようになった。学生、そして社会人がそれぞれの立場で貢献したことが、一冊の本というかたちになることで、参加者の一人としての誇りへと変化することを目指した。
本書を読む人は、登場する31人の人々の考え方やエピソードに触れながら、街の中での役割の多様さや、川崎という街を形成している人々の関わりあいを知ることができるに違いない。そこから自分の住む街についても、これまで気づかなかった部分への視点と重ねあわせながら、想像を巡らすことができるはずだ。
人が自分の役割を為す上で、大事なことは何か。そして街のために働く人々は何のために働くのか。それぞれの語りを通して、おぼろげながらそれらが見えてくるだろう。
<後略>
シンガポールは面白い文化を持つ国だった。
行ってみたいと思う人もいるかもしれないので、撮ってきた写真をアップしておきます。
(ちょっと多いですが30枚程度)
行ってみたいと思う人もいるかもしれないので、撮ってきた写真をアップしておきます。
(ちょっと多いですが30枚程度)
Pictures in Singaporeの続きを読む

前回のエントリ
1、新3年生プロジェクト学習のための予備調査(学生)
2、シンガポール大学の研究室訪問(上平のみ)
3、南洋理工大(NTU)とシンガポール大学(NUS)見学
4、インタビュー調査
と合宿の4つの目的を書いたが、最後の5つ目。
■目的5、生きた学習環境としての海外訪問の意義を考える
就活早期化の影響で、最近の大学生は昔よりも海外旅行に行けるような時期的余裕は減っている。しかしながら、旅の経験は机の上では得られない学びの最たるものだろう。昨夏、僕と一緒にアラスカ大に行った4年生2人が、街中での体験や向こうで出来た現地の友達のことを本当に目を輝かして語っていたが、今回の学生達も一生忘れないような濃い経験をしたようだ。旅は若者を元気づけ、そしてその後の生き方を再考させる力がある。観光旅行は難しくても、今回のような調査旅行や、本学でも松永先生が取り組んでいるように国際大会への挑戦や、研究発表やワークショップなど、勉学の一環として組み込んでいくのはいろんなやり方があるのかもしれない。
この度の震災で被災された皆様にはお見舞い申し上げます。
震災の被害に加えて原発事故で今も大変な国難の時期が続いているところで、3月下旬には数ヶ月前から学生達と計画していたシンガポール合宿が迫っていた。全く先が読めないピリピリしたこんな時期に日本から出るにあたっての不安材料はつきなかったが、また別途機会ができるわけでもなく、いろいろ検討した結果、行くことができるメンバーだけで決行してきた。そして無事に合宿を終えて帰国する事ができたので、自分のふりかえりとしてブログにまとめておきたいと思う。(新学期の延期で珍しく時間ができたせいもある)
シンガポールの雰囲気が伝わるように写真を多めにしてみた。長いです。
震災の被害に加えて原発事故で今も大変な国難の時期が続いているところで、3月下旬には数ヶ月前から学生達と計画していたシンガポール合宿が迫っていた。全く先が読めないピリピリしたこんな時期に日本から出るにあたっての不安材料はつきなかったが、また別途機会ができるわけでもなく、いろいろ検討した結果、行くことができるメンバーだけで決行してきた。そして無事に合宿を終えて帰国する事ができたので、自分のふりかえりとしてブログにまとめておきたいと思う。(新学期の延期で珍しく時間ができたせいもある)
シンガポールの雰囲気が伝わるように写真を多めにしてみた。長いです。
旭山動物園でみた"森の人",オランウータン.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
2月の下旬のある日,北海道の旭山動物園に行ってきた.旭山動物園は年間300万人以上の訪問者があるという人気の動物園で,大変面白い展示の仕方で知られている.ブームになってかなり経つし,「ようやく今頃」なのではあるが,実際に足を運んでみて,確かにわざわざ北海道の外からも訪れるだけの価値のある場所だということがよくわかった.
これはもはや従来の動物園というカテゴリでは収まらないのでないか.有名な"あざらし館"や"ぺんぎん館"などのユニークな展示施設だけではない.園内の隅々まで温かい工夫が凝らされ,動物たちと人間の関係,そして生命が循環する生態系についての真摯なメッセージが訴えられており,僕もいっぺんにファンになってしまった.
中編では,旭山動物園の様子を紹介してみる.
これはもはや従来の動物園というカテゴリでは収まらないのでないか.有名な"あざらし館"や"ぺんぎん館"などのユニークな展示施設だけではない.園内の隅々まで温かい工夫が凝らされ,動物たちと人間の関係,そして生命が循環する生態系についての真摯なメッセージが訴えられており,僕もいっぺんにファンになってしまった.
中編では,旭山動物園の様子を紹介してみる.
