ブログの教育効果

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青学の鈴木先生が書かれた興味深い文章を見つけたのでメモ。
ブログがゼミの議論の質を飛躍的に高めたという話。

3年生のゼミに導入したときには、多くの学生が課題となった論文や、自分の抱えているテーマについて活発に記事を投稿し合い、そのレベルはあっという間に大学院レベルのものとなってしまったのである。

 ブログの何が彼らを高めたのだろうか。最も重要なのは「外化」である。自らの考えやアイデアを、発話、メモ、文章、ジェスチャーなどの方法で外に出してみることを、認知科学では外化と呼んでいる。ブログによる外化は、言語というメディアを通すこと、他者を想定することなどが含まれ、これらが学習の向上に役立つことは多くの人の指摘するとおりである。
3年生のゼミを院生レベルに高めたブログの「外化」効果

 ブログを書いて読み返すこと自体がリフレクションになることを考えると、確かに"外化"することは極めて重要なことだと思う。以前、楠見先生も同様のことを仰っていたので、認知科学者はだいたいそういう見解を持っているようだ。それにしても、そんな変わるって本当か?と疑念が湧き、自分で確認してみようと探して見たが、その該当ブログは公式ページからは見つけられず。記事はひとつ発見
 ちなみに、うちの山下先生も授業支援ブログを2004年から開発していて、鈴木先生と一緒に勉強会されたりしているのだけど、3年間そのシステムの運用の様子見ていて、そこまでの"劇的"な変化はないけどなぁ。言語能力の差か?(笑)ブログ導入自体が理由じゃなく、(メンバー間の刺激とか、新しいメディアの刺激とか、はてには先生の指導とか)いろいろ他の要因も大きいはず。

 ただ、いつも痛感するのが、最初はノルマを課されていやいや書くにしても、時間が経てば少しづつその意味やら面白さは分かってくるものらしい、ということ。学習にはそれぞれに合った時間が必要だ。最初は不満言いながら書いていた学生らが、学年上がるにつれて、自主的に自分たちのプロジェクトの活動記録やメンバー間のやりとりを公開するようになる例は沢山みてきた。
 そういうのをみていると、最初から必要性がわかることばかりではなくて、ガタガタ言わず書けときっかけをつくることは、ある部分では大事なんだなと思う。バイキングのように食べる前に主体的に選ぶようなこと続けていたら、そういう面白さには出会うことは無い。


"ブログが学びを促進させる"ということについては、似たことを何かで読んだな、と思い出したのが、fladdict深津氏が書いていた文章。のちに「ウェブ進化論」(梅田望夫)にも引用されたエントリだ。

実際ブログを書くという行為は、恐ろしい勢いで本人を成長させる。それはこの1年半の過程で身をもって実感した。<中略>ブログを通じて自分が学習した最大のことは、「自分がお金に変換できない情報やアイデアは、溜め込むよりも無料放出することで(無形の)大きな利益を得られる」ということに尽きると思う。
知的生産性のツールとしてのブログ

fladdict氏も仕事始めてからブログへの優先順位落ちたようだし、鈴木先生も最近書いてないし、質を維持し続けるのは大変なんだろうな。学生のゼミやプロジェクトのブログは、期間限定なところが区切りつけやすい。

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COMMENT(3)

よしはし :

いつも興味深い記事、ありがとうございます。

「外化」といってもいろいろな要素が混ざっていると思うのですが、僕の経験からいうと、「他者の目を意識する」、「‘想定’ではなくて、ホントに読んでいる人がいるということを具体的な事例(コメントなど))で感じる」という要素が、いちばん効くように思います。

特に大学生は、ふだん‘閉じた’教室の中で勉強しているので、その一部を外部に向けて「開く」ことの効果は、かなりありますね。

いったん他者をリアルに意識すると、書き込む内容も独りよがりでない、整理されたものに変わっていきます。逆に、意識が外に向かないと、せっかくのブログも内輪ウケの内容になっていく傾向があります。教育目的で利用するには、このへんのかじ取りが難しいです。


kamihira :

なるほど、リアルな他者ですか。
前期の「経験デザインはじめました」ゼミblogを公開されているのにはそういう意図があったんですね。

以前、ある学生が記録をBlogで書かないのは「何も考えてしないことがばれてしまう」からである、というようなことを言ってました(この学生の名誉のために言っておくと、本当はそんなことはない。多分)が、現象としては逆で、実は書くから考えるようになるものかもしれません。そうなる動機付けのために、触媒としての他人の視線・・・ってのは確かに納得できる話です。
青学の事例はそういう力がゼミ生同士の間で(リアルな他者の視線のように)非常に効果的に働いたということなんではないかと。


うちも・・・そうなるといいなぁ。
学生が見ていたら一言。
大丈夫、かく恥よりは得るものが多いぞ(笑)
人前に親父ギャグ晒しているバカも約一名居ます。

よしはし :

誰かに読ませるつもりで、読まれることを意識して書くと(教育上でも)いいブログになりますね。

ただしリスクもあって、(たぶん実名で書くことになるので)ログが残り検索されてしまいます。
(意図的にわざと「書く」大人はともかく)学生さんは、否定的なことやマイナスなこと、愚痴は書かない方がいいと思いますね。(就活のときとか、検索されないという保証はないし。)

「教育利用」の場合は、何をどう書くか(どのように指導するか)は、けっこう難しいところです。

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このページは、kamihiraがAugust 16, 2007 9:08 AMに書いたブログ記事です。

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