ともだち、の定義
学生のY君のブログを読んでいて面白かったのでメモ。
いやー、夏の夜更けのひとりごとっぽくていいんじゃないでしょうか。
コメントしようかと思ったが、エントリからトラバ。
いやー、夏の夜更けのひとりごとっぽくていいんじゃないでしょうか。
コメントしようかと思ったが、エントリからトラバ。
大学に入って浅い知り合いが増えた頃、ぼくも学生時代に同じような疑問を考えたことがあった。知り合いと友達の境界は悩ましいよね。当時の結論は、二人で楽しく食事ができる時には友達だ。だったかな。 「食事」は、動物的な行為なので、みんな割と本音や素を出したい状態なはずで、それを(気まずくなく)共有できるかどうか。そして関係は時間とともに揺れ動くので、友達のラインというのがあるのなら、それは固定されてなくて実は可変的なんじゃないかと。・・・・なんだかこうやって思い出して書くだけで、理由をつけて納得したかった若さを感じる。さて最近では色々な人に会うようにしています。
小学校の同期、中学校の同期や後輩、高校の同期や野球部、教育実習生、見知らぬ人・・・でも最近"友達の定義"ってなんだろう?ってよく考えてしまう。
んなこと、わざわざ理屈で分けたりしなくてもいいじゃないか、と思う人も多いに違いない。自分でもそう思う。でも「分ける」と「分かる」は語源的にも深い関連があると言
われるように、自分の中に物差しをもつことは、曖昧になりがちなことを自分の中でクリアに理解したいという欲求(いいかえれば不安)の現れなんだろうと思
う。
特に、大学(以降)では情報の教えあいや情けの貸し借りが意味を持ってくる。そんな時、よほどの自己中でない限り、相手の眼に写る 自分の姿が気になってくるもんだ。僕らの頃より遙かに世の中便利になったけど、学生見ているとその辺は昔も今も全然かわらないな、と思う。大学時代に学ぶ 事って、その辺の葛藤を越えた先にある"心の余裕"みたいなものもあるのかもしれない。
とそんなわけでタイムマシンに乗って4月に行き(謎)、情報リテラシー演習1の課題で、入学したてで友達作りに勤しんでいる一年生にその辺を問うてみた。今年から出席点が認められなくなり、授業の終盤にミニレポートとして毎回なにか書くことになったのだが、その一問。
それにしても、なんでこんなこと考えたんだっけなぁ、、、と思い返すと、故中島らも氏のエッセーがきっかけだったような気がする。検索して出典を探してみた。氏によると
ほんの小さな情報量だけど、その人が切り取った言葉からは、どういう世界観を持っているかがちょっと垣間見えたりするのが面白いですね。
特に、大学(以降)では情報の教えあいや情けの貸し借りが意味を持ってくる。そんな時、よほどの自己中でない限り、相手の眼に写る 自分の姿が気になってくるもんだ。僕らの頃より遙かに世の中便利になったけど、学生見ているとその辺は昔も今も全然かわらないな、と思う。大学時代に学ぶ 事って、その辺の葛藤を越えた先にある"心の余裕"みたいなものもあるのかもしれない。
とそんなわけでタイムマシンに乗って4月に行き(謎)、情報リテラシー演習1の課題で、入学したてで友達作りに勤しんでいる一年生にその辺を問うてみた。今年から出席点が認められなくなり、授業の終盤にミニレポートとして毎回なにか書くことになったのだが、その一問。
あなたの基準で、「知り合い」と「友達」と「親友」、それぞれの定義を教えてください。僕はこんなわけのわからない変な問題を出す、学生からみたら迷惑な教員なのだが、ここでは「あなた基準で」と断っているように、分 類基準の客観性じゃなくて、当たり前を疑い、ものの見方を考えて欲しかった。(ホントはディスカッションの方が人と意見交換できてよいのだが) 5分程度の時間しかなかったので、みんな割と当たり障りのない切り口で まとめていたが、時々ハッとするような事を書く学生がいるのが面白いところ。今でも妙に覚えているのは、ある学生の書いた、
2007年4月24日 リテラシー演習より
人として尊敬できるのが、親友と いう一部分。補足するならば、友達の中でも特に、ということらしい。人間関係なんて他人が自分をどう思うかなんて自分には決めようがないわけだから、実際答えにくいところがあるが、この学生は他人の長所を見抜き、そして認められる、という自分の気持ちに焦点をあてている。もちろんこれが正解という訳ではな いが、自分への同調を前提にするような答えが多い中、その潔さがなんだか印象に残った。
それにしても、なんでこんなこと考えたんだっけなぁ、、、と思い返すと、故中島らも氏のエッセーがきっかけだったような気がする。検索して出典を探してみた。氏によると
「ピンチのときに絶対電話してこないのが「友達」、この分け方はすごい(笑)
すぐ助けを求めてくるのが知り合い」
ほんの小さな情報量だけど、その人が切り取った言葉からは、どういう世界観を持っているかがちょっと垣間見えたりするのが面白いですね。
カテゴリ
DiaryTRACK BACK(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: ともだち、の定義
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://blog.kmhr-lab.com/mt/mt-tb.cgi/30

トラックバックありがとうございます。
昨日、9年ぶりに中学校の女の子の友達と会いました。
中学1年のころ、よく遊んだ(らしい)のですが、
僕はあまり覚えてないんです(笑)
それもあってか、
>>関係は時間とともに揺れ動く
これにはとても共感できます。
・昔は同級生、クラスメートだったけど、どうやって話してたっけ??
違うことでは、
・あいつのお母さんとは敬語でしゃべってたっけ??
そんな疑問が生まれて、少しぎこちなくなる時があります。
事実その女の子とはぎこちなかった・・・
それも関係が変わっていってるからでしょうか。
「知り合い」、「友達」、「親友」・・・
これも、最近考えたことがありますね~
一回みんなに聞いてみようと思います。
お久しぶりです。
以前登戸小学校でお会いした時は体調がすごく悪そうでしたが、大丈夫ですか?
実は私も大将のBlogが気になりました。
いつの時代でも、考える人は考えるんだなぁ…なんて思って。
私としては、ピンチの時にこそ友達に電話してきて欲しいです(笑)
時間と共に気まずくなっていく人がいる一方で
地元の友達なんかはたまに会っても気心がしれてたり、
不思議なもんですよね。
大学時代の濃い時期を共に過ごした友人関係は、一生続くと思います。
みんな10年後に不幸自慢(?)ができるような濃い体験を持てればいいのですが。
Oさん、久しぶりです。
あの時期は過労で鬱寸前でしたが、夏休みでほどよくリフレッシュしたので元気になりました。またこれからさらに忙しくなりそうですが・・・。
>ピンチの時にこそ友達に電話してきて欲しい
さすがに姉御肌。
近くにいると助かるタイプですな。
でも頼られ続きは、(自分がすり減る)諸刃でもあるので
仕事していく上では気をつけてくださいね。
Gデザイナーは特に危険(笑)