プロジェクト発表会2007
先週の土曜日(15日)、3年生のプロジェクト発表会が終了しました。
お忙しい中、ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございます。
大変遅くなりましたが、お礼申し上げます。
さて、以下は今回のイベントに対しての感想。
今年は、新築の10号館アカデミーモールに会場が移り、一から計画し直したわけだが、プロジェクト実行委員会のメンバーらの獅子奮迅の働きで無事に開催することができた。ちなみに進行も会場計画も、すべてが学生らによるもの。見事。実行委員の4年生有志、会場デザインの2年生有志、お疲れ様でした。3年生全員が自分たちのプロジェクトに集中できるのも、この縦の協力あってこそ。
誰かが「こりゃネットワーク情報学部の学祭ですね」と言ってたが、3年生のデモ発表を中心にこの日に一体いくつの関連イベントが同時進行してるんだろうという目まぐるしさの中、予定通り終わえることができたのは、委員会の事前計画の綿密さ故だと思う。君らが居なければ、このイベントは決して成り立たなかった。
実行委員長を務めたY 君の学内ブログにこんな記述がある。
普通の学生らは、授業料の対価としてのサービスを享受しているという意識こそあれ、学部というコミュニティになんの意味を見つけられないことが多い。循環する組織の意味に気付けるのはこういった機会を経験したからこそだろう。我々の学部のコンセプトには実践の中に学びを発見しようというメッセージが込められている(と解釈している)が、学生らの意識にも少しづつ浸透しているのかもしれない。文系私大特有というべき、学生らの縦の繋がりの弱さにずっと悩んできたので、小さい事ながら、なんだか嬉しい。
3年生もみんな気がついてくれればいいのだけれど。
まぁ、まだ自分たちのことで精一杯だろうな。
一方で肝心の成果物については、来場された方から辛辣な意見も頂いた。
例えば、どのプロジェクトも作ることが目的化して実際の使う場との接点をあまり考えていないだろう、という指摘があった。正にその通りで、注力すべきポイントを見失ったとすれば、われわれ教員側の指導力不足として言葉もない。でも、学部3年生でそこまでちゃんと考えて「作れる」かというと、現状ではなかなか難しいというのが、現場にいる側としての本音。
学生らは大抵企画に自信ないのでヘタに本音出してダメ出しすると考えを振り出しに戻してしまう。多くの成果物がそういう不安や葛藤と隣り合わせの中、ギリギリのスケジュールで押されに押され、右往左往したのち若さに任せて猪突猛進し発表の場になんとか滑り込んだものだ。それはプロジェクトのメンバーや教員の間に自然とできた共通理解のバランスの末に落としどころが探られる。その意味では、多分、成果物はその組織が予め持っているリソース以上のモノには成り得ない。質を上げるためには考えるレベルの地道な底上げが必要だ。そしてリスクヘッジのさじ加減を調整する教員の指導の質と。
改善点としては専門家へのヒアリングや中間発表の機会をもっと重点化するか、かな。自分たちの中に閉じた状態ではどう向上しようもないのだから。
#うちのプロジェクトについては、また別途書きます。
お忙しい中、ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございます。
大変遅くなりましたが、お礼申し上げます。
さて、以下は今回のイベントに対しての感想。
今年は、新築の10号館アカデミーモールに会場が移り、一から計画し直したわけだが、プロジェクト実行委員会のメンバーらの獅子奮迅の働きで無事に開催することができた。ちなみに進行も会場計画も、すべてが学生らによるもの。見事。実行委員の4年生有志、会場デザインの2年生有志、お疲れ様でした。3年生全員が自分たちのプロジェクトに集中できるのも、この縦の協力あってこそ。
誰かが「こりゃネットワーク情報学部の学祭ですね」と言ってたが、3年生のデモ発表を中心にこの日に一体いくつの関連イベントが同時進行してるんだろうという目まぐるしさの中、予定通り終わえることができたのは、委員会の事前計画の綿密さ故だと思う。君らが居なければ、このイベントは決して成り立たなかった。
実行委員長を務めたY 君の学内ブログにこんな記述がある。
実行委員会を通して、ネットワーク情報学部はいろいろな人にしっかりと支えられていることがわかった。<中略>こんなぐるぐる回るような関係が、ネットワーク情報学部を支えている。
Road of Memories:『人は支えながら生きているということ』
普通の学生らは、授業料の対価としてのサービスを享受しているという意識こそあれ、学部というコミュニティになんの意味を見つけられないことが多い。循環する組織の意味に気付けるのはこういった機会を経験したからこそだろう。我々の学部のコンセプトには実践の中に学びを発見しようというメッセージが込められている(と解釈している)が、学生らの意識にも少しづつ浸透しているのかもしれない。文系私大特有というべき、学生らの縦の繋がりの弱さにずっと悩んできたので、小さい事ながら、なんだか嬉しい。
3年生もみんな気がついてくれればいいのだけれど。
まぁ、まだ自分たちのことで精一杯だろうな。
一方で肝心の成果物については、来場された方から辛辣な意見も頂いた。
例えば、どのプロジェクトも作ることが目的化して実際の使う場との接点をあまり考えていないだろう、という指摘があった。正にその通りで、注力すべきポイントを見失ったとすれば、われわれ教員側の指導力不足として言葉もない。でも、学部3年生でそこまでちゃんと考えて「作れる」かというと、現状ではなかなか難しいというのが、現場にいる側としての本音。
学生らは大抵企画に自信ないのでヘタに本音出してダメ出しすると考えを振り出しに戻してしまう。多くの成果物がそういう不安や葛藤と隣り合わせの中、ギリギリのスケジュールで押されに押され、右往左往したのち若さに任せて猪突猛進し発表の場になんとか滑り込んだものだ。それはプロジェクトのメンバーや教員の間に自然とできた共通理解のバランスの末に落としどころが探られる。その意味では、多分、成果物はその組織が予め持っているリソース以上のモノには成り得ない。質を上げるためには考えるレベルの地道な底上げが必要だ。そしてリスクヘッジのさじ加減を調整する教員の指導の質と。
改善点としては専門家へのヒアリングや中間発表の機会をもっと重点化するか、かな。自分たちの中に閉じた状態ではどう向上しようもないのだから。
#うちのプロジェクトについては、また別途書きます。
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プロジェクト、お疲れ様でした。
先輩のマニュアルのようなものをもらったわけではなかったので、わからないことも多かったのですが、なんとか10号館1階でのはじめの一歩になったと思っています。現在、実行委員会のマニュアルを作っていますが、それを参考にして来年度の実行委員会が次の一歩を踏み出してくれれば、と思います。
今の3年生だけでなく、同期の4年生も先輩、後輩の実行委員会の存在や、教務課の存在を知らないのが事実です。別に僕らの頑張りを認めてほしいというわけではありませんが、何かに支えられて発表ができることをこれからの3年生には知っていてほしいなと個人的に思いますね。
来年度、プロジェクト発表会に訪れたときに、プロジェクトが、そしてプロジェクト発表会がさらに進化していることを期待しています。
、
お疲れさまでした。
厳しいこと言い過ぎましたね…。申し訳ありません。
改善点の大枠としては、
1.中間レビューの強化
→根本的な実装方法のズレや調査不足の回避
2.問題全体のスコープ&その中のどこに焦点を絞って実装したのかの明示
→「問題把握の範囲が狭い&浅い」と受け止められかねない現状の回避
3.当初の目的と比較してできたこと&できなかったことの明示
→同上(ネガティブにならないように、追加開発が必要な機能…という書き方に?)
あたりかと思います。
いずれにしても、プロセス(特にレビュー系)を踏むことをもっと意識&明文化することで、かなり改善されるのではないかと思います。
定められた日時に実装完了するようにプロジェクトを運営することに意義があるというのは大前提ですので、〆切が近づくにつれて学生がそこにしか目が行かなくなるのはある意味やむを得ないと思います。ですので、やはりその辺は教員がフォローする必要があるのではないかと…。
運営そのものにどの程度介入するのかにもよると思うのですが、少なくとも「当初の目的と比較して現状はどうなのか?」という観点は、担当教員が常に意識させるべきと思います(そのうち言われなくても自分たちで考えるようになってくれれば万万歳ではないかと)。
#実務の現場でもこれ系の観点抜け、多いんですよねえ…。
大将、4年間の中でも一際大仕事でしたね。
君の存在は後輩達の中にしっかり伝説になっていくでしょう。
来年の発表会はスケールダウンしないようにしないとね。
あ、そう言えばメールの返信忘れていた・・・。(失礼)
写真はいつでももらいに来てください。
高山さん、いえ、外部評価として率直に言っていただくことでプロジェクト演習としての議論点や改善点も見えてきますので、お気になさらずに。キャラ的にも(?)褒められるほうが怖いです。
昨年も同様のことを指摘されていたはずなのに、そのような問題意識を全体で共有できておらず、かつ我々の指導側の成長が見えないのは心苦しいことです。
しかし、立ち話の時に話題になった某プロジェクトなど、最大の難関は成果物の構想以前の問題だったりもします。(例えばそもそもメンバー間で議論がまともにできないなど)その途中段階の担当の先生方の苦悩を知っているだけに、高山さんが仰られるレベルの成果物が生まれるような学習段階への道のりの険しさを想像すれば、相当に凹んでしまいます。プロなら言い訳はタブーですが、9ヶ月間あるといえ、担当する学生と顔を合わせるのは週に1時間半しかありません。
外部の人がアウトプットで評価すればゴミにしかみえないものでも、自分らで判断した意思決定の場面には、それぞれが生きている現実の中で起こった学びのリアリティがあります。最適解への到達だけではなく、失敗の中でのささやかな気づきの積み重ねが学習者の自我を形成していくのだと思います。社会人のプロジェクトマネジメントと教育の場のプロジェクト型演習のマネジメントが似て非なる部分はこのあたりでしょうか。
>1.中間レビューの強化
現状では「中間発表はとりあえず口頭でその場をしのげればよい」という空気もあるようですので、もう少しプロトタイプ的なアウトプットを要求するなど、チェックを重点化する必要があると学部でも感じてます。
学生らが言葉で空想していることと具体的なアウトプットのイメージまでの距離は想像以上に大きいです。
>2.問題全体のスコープ&その中のどこに焦点を絞って実装したのかの明示
これはパネルや報告書への記載の有無以上に、自分たちの活動にメタ的な視点を持たせることで方向性の舵取りや全体像を把握するためにも大事なことですね。現在プロジェクトマネジメントの講義でもこの辺のことは指導されているはずなのですが、是非マニュアルライティングの中でも言及をお願いします。
>3.当初の目的と比較してできたこと&できなかったことの明示
多くのプロジェクトは途中で二転三転してますので、達成点についてはネガティブになりがちですが、結果がどう有れデモ説明時の情報の組み方として意識させたいと思います。
ところでプロジェクト演習最大の悩みは成績評価だったりします。来年度は専門家の方も交えて評価方法について再検討を予定していますが、頂いた改善点へのとり組みについても学部プロジェクト委員としてドキュメント化し学部内で共有して活用していけるようにしたいと思います。引き続きご意見をお待ちしています。
> 外部の人がアウトプットで評価すればゴミにしかみえないものでも、
> 自分らで判断した意思決定の場面には、それぞれが生きている現実の
> 中で起こった学びのリアリティがあります。
まったくその通りだと思います。
この辺りに付いては実は先のコメントの2.でフォローしたつもりでして、ここがちゃんとフォローできるようになれば、「ゴミにしか見えない〜」ということはなくなるのではないかと。思考過程が見えれば、結果的に展示物が多少アレだったとしても、見学者も学生と共感する部分を持つ&会場での質疑の中身も濃くなることが期待できるのではないかと(楽観的に)考えていたりします。
ただ、それを展示物でどう見せるのか?とか考え出すとかなり厄介なことには変わりないのですが、学生の努力やアプローチ(着眼点が面白いものもありますよね)が評価されやすくするための仕組み作りについては、発表会の見せ方(魅せ方)と並行して考えていく必要がありそうです。
目的設定やレビューの重要性など、プロジェクト管理周りで応用できそうなことについては、来年の講義でも意識して取り上げるようにいたします。もし積極的に取り上げて欲しい話題などありましたら、来期のシラバス執筆前にご一報頂けると助かります(笑)
了解しました。
いろいろと考えていただいてありがとうございます。
展示とプレゼンのあり方を巡っては教員間でも相当に温度差がありますが、一番の問題は学生らの自信なんでしょうね。びくびくプレゼンされても良さは全く伝わらないものですが、ネガティブなことばかり指摘され続けると最終的にそのような反応になってしまうのも仕方ないのかもしれません。
彼らは説明の仕方で成果物の見え方も変わってくることは、知識としては知っていてもほとんどが未だ自覚できていないと思います。(もしくは自覚できていてもうまく喋れていないか。高山さんにプレゼンしたうちの某学生は落ち込んでました)この辺の助言は正に立ち会っている教員しかできないわけですから、責任の重みを感じます。先は長いですが落としどころを探ってみます。
取り上げて欲しい話題は・・・。あ、ちょっと変わりますが、以前某所で悲しんでおられた某踊るオーディオのウェブサイトの説明はどうでしょう?コンセプトが実験的なもの(プロジェクトの成果物でも共通する部分がありますね)を、どう見出しや各説明を作るのか、現状のものと対してどのくらい変わるのか、個人的に興味があります。