KJ法
新年早々、サッカー分析者の共同研究の発表準備が佳境。数ヶ月間の実地研究として某Jリーグのチームに入り込んでいた4年のM君は、その能力を買われ、結局内定した会社を断り、チームスタッフとして雇われることになったという。映像を戦略的に利用している例はまだ少ないらしいので、意外とこの分野のパイオニアになったりして。
ところで、M君と飯田先生がKJ法で研究内容をまとめていたのだが、その手法が面白かったのでメモ。
写真はデータからまとまりを作っているところで、まあ普通のKJ法のやり方なのだけど、素材となるデータはスタッフへのインタビュー等から得た情報を圧縮したもので、ポストイットではなく、最小限の情報を記入した特製カードをちゃんと作成している。そのコピーを使って、ある一つの視点から分類していくというもの。断片化させすぎると、もともとフィールドにあったはずの因果関係を失ってしまうこともあるので、大事なことかもしれない。
KJ法はせっせとまとまりを見つけて分類するのは楽しいし、手を使うのでなんか仕事している気になるけども、分類して悦に入ったって何も生まれない。
この手法のキモは、"無いものを見る"ことなんだろう。
少しづつ構造化される関係図を睨みながら、行間ならぬ図間を読むのはそう簡単な事じゃない。
4年ぐらい前、ブレインライティング法(635法)で書かせたシートを切って、さらにKJ法で分類するというのを思いつき、演習でやってみたが、
「ここからどうするんですか?」
という学生の素朴な一言で結構凹んだことがある。連想ゲームを小手先で並べかえているに過ぎなかったのだ。そこでフリーズされては発想法の意味がない。メソッドは使い方を誤ると肝心の推論を妨げかねないことを学んだが、一方で原書の通りに正しい(?)KJ法を理解しても、分類や構造化はうまくできるようになるかもしれないけど、図から見えないものがすいすいと読めるようになるかというと、そういうこともない気がする。ファシリテーションのタイミング次第で発想に繋がったり繋がらなかったりもするわけで、やればやるほどこんな有名なメソッドでも使いこなすのはなかなか難しいものだと思い知る。
ところで、M君と飯田先生がKJ法で研究内容をまとめていたのだが、その手法が面白かったのでメモ。
写真はデータからまとまりを作っているところで、まあ普通のKJ法のやり方なのだけど、素材となるデータはスタッフへのインタビュー等から得た情報を圧縮したもので、ポストイットではなく、最小限の情報を記入した特製カードをちゃんと作成している。そのコピーを使って、ある一つの視点から分類していくというもの。断片化させすぎると、もともとフィールドにあったはずの因果関係を失ってしまうこともあるので、大事なことかもしれない。
KJ法はせっせとまとまりを見つけて分類するのは楽しいし、手を使うのでなんか仕事している気になるけども、分類して悦に入ったって何も生まれない。
この手法のキモは、"無いものを見る"ことなんだろう。
少しづつ構造化される関係図を睨みながら、行間ならぬ図間を読むのはそう簡単な事じゃない。
4年ぐらい前、ブレインライティング法(635法)で書かせたシートを切って、さらにKJ法で分類するというのを思いつき、演習でやってみたが、
「ここからどうするんですか?」
という学生の素朴な一言で結構凹んだことがある。連想ゲームを小手先で並べかえているに過ぎなかったのだ。そこでフリーズされては発想法の意味がない。メソッドは使い方を誤ると肝心の推論を妨げかねないことを学んだが、一方で原書の通りに正しい(?)KJ法を理解しても、分類や構造化はうまくできるようになるかもしれないけど、図から見えないものがすいすいと読めるようになるかというと、そういうこともない気がする。ファシリテーションのタイミング次第で発想に繋がったり繋がらなかったりもするわけで、やればやるほどこんな有名なメソッドでも使いこなすのはなかなか難しいものだと思い知る。
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いつも、心の中にほんの少しだけ棘のように刺さっていて、でも気にしないでいようと思っていることを、鮮やかに書き出すのは見事ですね。
> 断片化させすぎると、もともとフィールドにあったはずの因果関係を失ってしまうこともあるので、大事なことかもしれない。
そうだよね、そうなんだよね。
このときは、一元化せずに、視点毎に2枚作ってみました。
メソッド毎にいろいろな特長や欠点有りますから、
問題に併せて自分でやり方自体を考えていかなきゃならないんでしょうね。