最近の女子学生のケータイのつかいかた

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土曜日のパソコン組み立てワークショップのあと、4年生らが多摩川河川敷でBBQやっているというので遊びに行ってきた。その時聞いた話。よくわからないが、ケータイをキャラクター化して、名前まで付けているんだそうだ。

「○○くんっていうの♪」
「なんじゃそりゃ」
「異性のキャラ設定をしよう、ってルールなんですよ。私の携帯は男の子で、たとえば先生のだったら女の子に。」
「うーむ、一体なにゆえにそんなことを」
「だって、愛着わくじゃないですか」
「まぁ相棒みたいなものだからねぇ。肌身離さず一緒にいると思えば・・・・」
「楽しいです」
「ところで、そのキャラ設定考えるのは難しくないの?」
「なんか友達から(バトンのように)項目が回ってきました。細かい質問に自分で答えていくうちに、具体的なキャラが出来上がります」
「おお、質問紙があるとは。それはすごい。」
「あ、ちゃんと顔もあるんですよ、ほら。この携帯のカラーリングに合わせてあるの、わかります?(写真)」
「これも、自分で描くの?」
「いえ、(設定に合わせて)友達が描いてくれました」
「ひょっとして、そういう遊びは流行ってたりする?」
「いえ、(この学部の)この辺の仲間うちでは、私だけです」

 去年の今頃、検索エンジンが擬人化された例(俺サーチツンデレサーチ)を思い出すが、感情移入という点では検索エンジンより携帯のほうが自分のために仕事してくれてる、という実感が遙かに強そうだ。しかも小型デバイスの利点として手の中での触覚的なやりとりがある。バイブ機能が進化して、ぎゅっと握りしめたり撫でたりを応用したような触覚インタラクションを妄想したが、携帯が自律的に振る舞ってユーザがやりとりを楽しめるようなような、親しみやすさを演出する仕掛けがあると、ある層には受けるのかも知れないな。(知らないだけで、もう有るのかな?)

ケータイは生身の人間同士の遠隔コミュニケーションツールとしてだけじゃなくて、人間と知的システムとの動的なコミュニケーションの一面もあることを少し考えさせられる。このへんを最もシビアに考える必要があるのはロボットデザインの分野だと思ってたけど、ロボットより先に、ケータイがエージェント化する未来の方がなんだが近そうな気がしてきた。

手短に言おう。僕たちが発見したのは、人とコンピュータ、テレビ、あるいは新しいメディアとの関係は、現実世界における関係とおなじぐらい基本的であり、社会的かつ自然なことであるということ。「基本的」ってところがポイントだ。人間は誰しもメディアを社会的で自然なさまざまな法則に従うものとして捉えている。ここでいう法則とは、どれももともとは人間どうしの関係であり、人が現実界とどう関係するかという研究から得られたものだ。ところがそのいずれもがメディアにも同じように当てはまるんだ。
人はなぜコンピュータを人間として扱うか---「メディアの等式」の心理学



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COMMENT(2)

kt :

ちょ、待っ…!
ページ開いた瞬間、盛大にふきましたよ。
しかもこの写真、見る人が見れば誰が誰なのか一発でバレちゃいますし(笑)
あ、BBQや本の件でまた改めてお礼をしに研究室へ伺います。

kamihira :

>見る人が見れば
えー、一応特定できないように配慮したのに・・・。
居た人以外には分からないですよ、たぶん。

#コメント一行目、wを使わないと別の表現みたいですね。

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このページは、kamihiraがApril 29, 2008 8:12 PMに書いたブログ記事です。

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