インプロビゼーション・ワークショップ:身体活動によって創造的思考を活性化させる実験

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806021.jpg デザインのように人間の創造性が関わる教育にとっては、単発のアイデアよりも、対象が変わっても新鮮なアイデアを生産し続けられる良質な方法や考え方を体得できるかが重要なテーマとなる。外部知識装置としてのインターネットがどこまで優秀になっていこうが、こればかりは自分の中だけに存在するアナログな入出力回路を地道な訓練で鍛えていく他はない。

 これまで編み出されてきた各種発想法、例えばブレーンストーミングは集団の中に一定のルールを課することによって効果的にアイデアを創出するためのメソッドとして知られる。しかし、そのやり方以前に、前提となる創造的な状態へ思考スイッチを切り替えるためのトレーニングの大事さは意外に語られることが少ないのが現状だ。「批判しない」「他人のアイデアに乗る」というブレストのルールの意味もよく体得しないまま、なんだかよくわからないけど声の大きな人が話を引っ張って全体が動く、というパターンがほとんどだろう。
(不慣れな学生達たちになると、机を囲んで腕組みし、じーっと考え込んでしまうのまでいるが、それは思考がフリーズしているのであって、そんな苦行のような状態を続けたってクリエイティブなものが生まれる可能性はゼロに等しい)

 身体の活動状態や血の巡りが思考回路に与える影響は、実は非常に大きい。そして創造には、自覚している意識だけではなく、意識の氷山の下に隠れている無意識の領域が大きく関わっていると言われる。アイデアが出やすい人は普段から意識の下に隠れている部分への効果的なアクセス方法を手に入れているのだと思う。

 そこで、創造的思考の状態を体感するために、研究室の学生らを対象にして、インプロビゼーションの基礎的なトレーニングを行うワークショップを試験的に行ってみた。

 インプロビゼーション(通称インプロ)とは即興劇のことで、準備された台本が無く、俳優らがその場その場での状況の中で演技を行い、アドリブだけでストーリーが紡がれていく、演劇の一ジャンルである。

 自分には接点のない分野だったが、きっかけになったのは、今年の冬に京都工繊大の櫛先生が書かれた博士論文のある一節を読んでからである。そこでは櫛先生がスタンフォード大工学部のプロダクトデザイン専攻に留学されていた際に体験されたインプロを取り入れた身体的エクササイズと、それによってブレストの心的メカニズムを理解することの学習効果について論じられていた。ふーむ、これは興味深い。本当かどうか一丁自分でも実験して確かめてみるか、と好奇心が湧いてきたのだった。(あとで偶然知ったことであるが、カヤックの柳澤氏もインプロ本を推薦している。あの変わった会社の発想にもインプロのエッセンスが流れているのかも)

 いきなり自分でやるのはヘビーだが、古くからの知り合いの演劇インストラクターに相談したところ、幸いにも特別講師を快諾してくれ早速実現できることになった。あくまでデザイン教育の基礎トレーニングとして導入するという目的を伝えた上で、全面的にワークショップとして指導をお願いする。そして研究室の学生らも実験台になることを引き受けてくれた。みんなに感謝。学生に学ばせる振りをさせつつ、同時に僕もちゃっかりそのファシリテーションを勉強するのである。

806022.jpgワークショップは6月2日(月)の午前中に実施された。写真が特別講師、倉持一裕氏(俳優兼演劇インストラクター)。この前日まで渋谷パルコ劇場で公演「黒蜥蜴」(美輪明宏主演)に出演しており、これから地方公演に出かける直前のわずかな合間を縫って大学まで来て頂いた。1000人以上の大観衆の前から、この日はたった10人の前でなんだか申し訳ない限り。

 倉持さんは「演技は理論じゃないんだ」ということを実に理論的に説明してくれる、自他と共に認める演技オタクの人である。インプロとは結構対極にありそうなメソッド演技が専門の方なのだが、基礎的なトレーニングはほとんど同じだよ、とのこと。まずは30分程度、演技における創造性の話をしていただく。

 演劇のトレーニングは、何者かになりきることを修行すると思われがちだが、多くはその逆で、緊張や心理的バリアを取り除き、その人の普段通りのパフォーマンスが出せるかどうかに対する訓練である。最初は珍しい専門分野の話を聞くような様子でいた学生らも、自分らが日頃経験する感覚と非常に近いことをすぐ理解し、熱心にメモ取っている。個人的には、世阿弥の言を引いた創造における「初心」の話が心に残った。『初』という時は、衣へんに刀って書くが、真っ白い布にスパーッとハサミをいれる、ような気持ちってのが語源らしい。



806024.jpg最初にアイスブレイクとして、輪になって一対で交錯し、名前を呼び合うゲーム、「ネームキャッチャー」。今回は全員研究室の学生なので必要ないんじゃないかと思っていたら、倉持さん的にはここが重要なんだそうで、(この2時間だけのために)あえて仮の名前をつけるとのこと。ゲームは身体で表現したジェスチャーと一緒に名前を発声するというルールで、端から見ていると非常にユニークだ。これには一つの情報を文字(概念)だけじゃなく、視覚と聴覚と身体感覚の、フルに五感を使ってやりとりするという意味がある模様。そのせいか、学生らもすぐ名前を覚えていた。人の交錯の中で、ちゃんと名前を返せるかどうかの緊張感と呼び返された安心感とが行き来し、だんだんリズムになっているのがわかる。



806025.jpg次は、架空のボールを投げ合うゲーム「イマジナリーボール」。バスケットボールをイメージしてパスして投げ合うも、最初はどうしてもぎこちない。「渡すとき、ハイ!と声出して」「腕だけじゃなく身体の芯で受け取ってみて」とアドバイスが入るにつれ、みな段々要領を掴んでいく。ボールが数周してみな慣れてきた頃、「じゃ、次は違うボールね」と、重そうな球を(架空で)取り出す。この指はボーリング玉だ。全員がなぜかそこに完全にボーリング玉を感じている。渡されると、みな自然に重そうな身振りが加わる。一周した頃、ボーリング玉は、いつの間にか向かいの人へ投げて転がり始めた。ゴロゴロとゆっくり転がりながら次の人に渡っていく。次にピンポン球も登場。「今度は軽いよ、ホイ」上空を軽やかにピンポン球が飛び交う。バスケットボールもボーリング玉も一緒に飛び交っているので、これで同時に3つ回っていることになる。端から見ているとボールだけそこに無い、実に不思議なキャッチボールである。

image_ball1 posted by (C)peru
(※映像はプレイヤー右下のボタンで拡大できます)

 ある学生が相手を見ないでパスを渡したため、その瞬間、ボールが消えた。途端に倉持さんから「アイコンタクトが(受け止められる)合図だよ、ちゃんと投げる人の目を確認してパスして!」と指導が入る。徐々にみんな自然にボールの投げ合いの際に背面キャッチしたりドリブルしたり、アドリブを入れたりする余裕が出始める。笑顔が増え、だんだん気分も弾んできたよう。

 この処理プロセスを書き下せば、意識しない中で非常に高度なことをやっていると思われる。目が合ったタイミングに一定のジェスチャーを受け取り、瞬時にそこにボールの重さや大きさまで想像し、気持ちまで含めて他者とコミュニケーションできるなんて、人間の凄さを思い知る。



806026.jpg大分気持ちがほぐれて来たところで、手拍子を二回叩く中で連想を繋いでいくゲーム。リズムの中だけで瞬間的に自分の中に浮かんでくるワードを捕まえていく。言葉を選ぶ暇がないため、これには最初学生も苦しんでいた。だんだん名詞に発話が片より始めたところ、「名詞じゃなくてもいいので、イメージから五感の繋がりで探してみて」とアドバイスが入る。
後ほど学生らが語るところによると、段々スピードがあがっていくにつれ、なんか面白いことをいわなきゃ、意味のあることをいわなきゃ、などの自分の中で計算している部分が外されるために、自分でも想像し得ない接続がでてくる感じがしたという。それらの経験を通して、学生らは他者の言葉に即答するための緊張状態と、自分の中の無意識にアクセスするためのリラックスした状態が混在する不思議な精神状態に置かれていることに気付く。



806027.jpg3人一組の小さなグループになり、ここから即興でシナリオをつくっていくトレーニングに入る。一人が、「A君、実は〜〜なんだって?」荒唐無稽な話を振る。話を振られたA君は、自分が本当にそうだと仮定して、「そうなんです。だから・・・・なんです」と決して否定せず、かつ話を広げたセリフを返す。しかも会話なので自然なタイミングで話をつないでいかなければならない。繋がったら「YEAH!」とお互いにハイタッチ。

学生らがしていた会話例
「Sさん、家が爆発したんだって?」
「うん。そうなの。彗星が落ちてきたとかで、もう周り中大騒ぎだよ」
(YEAH!)

「Kさん、あなた糸こんにゃくを靴紐にしているそうですね」
「そうなんですよ。切れやすくて困ってます」
(YEAH!)

「Aさん、あなた昨日新宿駅で寝たそうですね」
「そうなんです、雨はしのげるしあったかいs(以下略」
(YEAH!)

相手の話を否定せず、付け加えていく点でだんだん文脈的な発想力が問われてくる。最初にいい無茶振りするのが難しそうだが、意外に学生らは楽しんでいた。


 次は、ジェスチャーだけで状況を繋げていく、サンキューゲーム。一人がつくったあるポーズに対して、次の人が関係するポーズを取り、二人で成立するシーンを作る。シーンが成り立ったら、「サンキュー」と言って最初の人は抜ける。残った人の姿勢から次の人は連想し、またシーンを作っていく・・・というゲーム。言葉では説明しきれないのだが、映像を見れば判ると思う。

thankyou1 posted by (C)peru


ポーズからポーズへどんどん展開されていく。この辺になってくるとパントマイムのような即興的空間が少しづつ見えるようになっている。

(例)
片手を挙げるポーズ
→映画監督のカチンコ
→足元にスライディング(野球で塁に戻った時のアウトのシーン)
→大丈夫か?と救援

(例)
両手を上げた万歳ポーズ
→横に並んでバレーのディフェンス
→正面から両手ハイタッチ
→腕の下をくぐり抜ける姿勢
→後ろに立って右手でおんぶは嫌だよと突っ込み(苦しい)
→正面から握手のポーズ



806028.jpg最後に、プレゼントゲーム。架空のプレゼントを贈り、もらった相手が、プレゼントがなんなのかを自分で言う。渡した人はその決まったプレゼントに対して返答し会話を繋いでいく。YES&YEAHゲームとサンキューゲームが組みあわさったような感じで、会話やジェスチャーから連想を引き出しながら一つのシーンを組み立てていく。

A→Bへ:指で摘むように持ったプレゼント
B:ありがとう。欲しかったの。指輪。
A:お店で見かけていいなぁと思って。
B:嬉しい。ピンクで可愛いー♪

 以上6つのゲームを消化したところで2時間が経過し、ゲームは終了。その後、最後に30分ほど、卒業制作の任意のテーマについてグループでブレストし、話し合いの中でどういう違いを感じたかを自分たちの中でリフレクションさせた。劇的な処方箋のような効き方をするわけではないが、自分たちがこれまで話を膨らませるという基本的なことがいかに出来てなかったかは強く理解できたようだ。

 結果的に、櫛先生の論文で読んで最初にイメージしたものとは結構違うものではあったが、倉持さん流の演劇トレーニングのアレンジが加わることで新しい気づきもあったし、収穫は大きかったと思う。
 終わった後の様子を見てみると、しなやかな発想のためには、緊張とリラックスという相反する感覚が同居するような精神状態へスイッチをいれることが必要なのだと経験の中で理解し始めたようだ。さすがに学生らは吸収がはやい。動的な状況の中で起こる予想も出来ないやりとりが生まれるのを、いつのまにか結構楽しんでいた。普段は比較的口数の少ない学生も、確実に発話が増えている。こういうときには失敗してもどんどんやっちゃおう的な若さが純粋に羨ましい。

 そして痛感したのが、やっぱり指導する側のファシリテーション次第なのだな、ということ。最初は行動に怯える学生を落ち着かせ、楽しさの中で心を開くように誘導していく倉持さんの手腕はさすがにプロだった。最初に打ち合わせしたとき、演劇ワークショップは、ゲームのメニューじゃそんなに差は付かなくて、どちらかというと声かけや導きの仕方で大きな差が付く、ということを仰っていたが、確かにその通り。楽譜は同じでもプレイヤーの腕次第でまったく違う演奏になるように、場の中でおこる学習者の経験をどう活かすかはあくまでファシリテートする側に掛かっている。そのへんは経験の中で勉強して行かなければ。デザイン教育を行う教室で手短に試せるような簡単なメニューに落とせるように、頑張ってみよう。
 倉持さん、お忙しい中のご協力、どうもありがとうございました。

 最後に、振り返りとしてのリフレクションから部分的に抜粋して掲載しておきます。それぞれの学生達の中に起こったことが垣間見えます。

大人になるにつれて、余計なものが増えていったり、周りの考えにとらわれてしまったりする中で、私自身も、考えすぎてしまって行動に移せないということも多い。

思うままに行動して、そこで生まれるものを活かしていくためには、余分なものを取り払う準備が必要ということ。普段使わないところだからこそ、放っておいたらどんどん鈍っていくんだろうな。小さい頃は簡単だったことが、こんなに難しいなんて。

また、これまで私は、子供のような部分と社会性を身につけた大人の部分は共存しないもののような気がしていたんだけど、俳優さんをはじめ、クリエイティブな頭の使い方をしている人たち(普通の仕事でも、アイディアマンとか、すごく仕事のできる人)はこの二つをうまく使い分けて、仕事に活かしているんだろうな。

ブレストに限らず、普段人と話をしている中でも、相手の意見を否定する、受け入れないことで、どれだけ新しい可能性をつぶしてしまっているか、ということを考えさせられた。

また、遠慮して意見できない(しない)ってことも、すごくもったいないことだと改めて思った。
たぶん、倉持さんの言う、「正しい」答えにこだわって、失敗を恐れていたんだと思う。

そこで生まれる創造の可能性に、自分の働きかけをプラスすることによって、どんどん近づけていけるはず。出し惜しみしていてはもったいない。

想像できないことが起きることを楽しむ
 前例がない試みや、自分があまり体験していないことは、やってみることが新しくて結果がどうなるか不安。
失敗することは恐いので、やるときはあらゆる状況を想定して準備している。
が、想定していないことが起きると超焦る。
それが嫌で結構やろうかなーと思っていた事も、見逃してきたので、「想像できないことが起きることを楽しむ」っていう概念は、ある意味新鮮だった。
まだまだ若いし能力もないので、失敗もありかな、と思った。

相手にちゃんと伝わっているかどうか。
ボールゲームにおいては、この点について重要であったと思う。
アイコンタクトを取り、相手に伝わるようにした上でボールを投げる。コミュニケーションの基本的な形だと思う。

「自分はこんな奴」という個性というのは大抵つまらないし、
頭で考えた個性を外していって、動物的に何も考えてない状態に
なった時が一番個性が出てる。っていうお話を前半に
伺ったけど、これを意識的にやるのが
「手拍子の連想ゲーム」だったんだなぁと。

●イメージのボールをパス
身体の記憶を探り出すのが面白かった。人が投げる様子を観察してそのボールの方向や速さを予測するのは予想以上に難しく、不自然になってしまった。最後ボールが3つ出たときは、自然とみんなボールを持ってる風の人に手を振ったり声を掛けたりしていたのが印象的だった。

●YES & YEAH
これが一番おもしろかった。
状況を言われて、自分がそうなった場合を考える。しかも否定せず、話を広げなくちゃいけない。で、会話だからスムーズに話さなくちゃいけない。だから、ぱっと思いついたことをすぐ言ってしまう。すると荒唐無稽な会話になってしまう(それぞれの人柄が思い切り出てしまってた)。でもそれも最後のイエーで、笑えたし、逆にもっともらしいことをもっともらしい顔で言われると、それもそれを想像して笑えたりした。
短い間に状況想定や予想、付随の設定を考えるのは楽しいながらも難しかった。

今回のワークショップは、ブレーンストーミングにおける発想の訓練とのことだったが、アイスブレーキング的な要素が強いように感じた。アイスブレーキングと言っても、コミュニケーションの最初の段階で行う緊張をほぐし、打ち解ける意味のものと、自分の思考の凝り固まった部分を溶かす意味でのアイスブレーキング、両方の意味があり、面白かった。
ブレーンストーミングでは、ちょっとでも遠慮の気分や、批判的な雰囲気があるとうまくいかないものである。それをほぐしながら、なおかつ頭の中にあるであろうことをいかに引き出しやすいコンディションに持っていくのか、そういった部分で使えるのではないかと思う。

最初の倉持さんの講習で考えたことは、
ああ、要所要所で、関連している、ことがあるなぁーということ。
その中で注目したのは、
創造⇔模倣、自意識⇔無意識下の中で、
の葛藤。どこに自分が属せばいいのか。
理想と現実、個性をどう形成してゆくのか。

そこでフロムという学者が、「自由からの逃走」という中で、
自由と束縛を天秤にかけていたのを勝手に思い出した。
(大人になる過程と、自由を削るという2つの行為は方向性が
同じなわけで、「両方を求めるのは不可能」だというもの。

それに対し個人的には、それを意図的にコントロールし、時々その場合において、自分を引き出していくことが大事であり、
そのコントロールの仕方、抑制の仕方が、「個性」
なのではないのかと思った。客観的な視点も大事になるのかな。

□ コンタクトの大事さ。
―「掛け声だけで相手のエネルギーを 違う相手へと伝えていく」
のがあったけど、これはお互いの発言の内容を無いものとし、
コンタクトの重要性、について喚起しているものだと思った。
ともすれば、これは「会話と会話」の間にある、
「次はあなたの番ですよ」という相槌の部分、
を特化したものであると考えてもいい。 。
結果、自分の軽薄なものが、浮きだってしまった。
それはそれで、この演習の意図を得ているのかもしれない・・・

□ 記憶は前提!?
若干、余談かもしれないけど、今回の演習で考えたのは、
「散歩という行動が、アイディアに繋がる」という、
話にもあったように、5感をフルに使うという大事さ。
体と発言を連動する演習体系は、
自分としては、記憶術的な要素も含んでいると感じた。
ジャスチャーを交えた演習の部分は、
あの時も、今現在でも、
皆の名前と、ポーズを覚えることが出来ているので、
短期記憶、長期記憶の両方に優れているのかと。

それに関連して、すべての情報は、人間の5感から形成されていることに気付く。各自が引用するためには、最低限頭の中に、蓄積しなくてはならない。というのがある。思考の行程は、情報が頭の中にあって、まず記憶という概念から枝分かれしていくものだ。

今回のワークショップに参加して感じたのが「自分の持っている情報を、認識しているもの・認識外のものも含めて大いに引き出し活用していこう」ということです。
あと想像(創造)力を養うこと。

まず、大前提として経験や記憶、知識があって、そこから様々なきっかけをもとに連想を広げていく。そこで自分の頭の中の記憶の引き出しのつながりに驚いたり、納得したりする訳だけど、そこで、新たな発見があったりする。引き出しが多ければ多いほど繋がり方は多様になって、おもしろい発想が生まれる。だから学ぶ、だから複数人で話し合う楽しさがある。
それなら、その発見をもっと魅力的なものに近づけよう、(袋小路に陥りやすい)常識や思い込みの枷を意識的に外す練習をしよう。
と、講習内容をブレストに置き換えるとこんな感じになるのかなと思いました。
連想の瞬発力を鍛え、発言を肯定し、話を広げて行く手段、場をつくる。

・連想ゲーム?の時、
 だんだん次の人の返答時間を短くしていて、考える時間を減らしていました。
普段ひらめきを待つ為に時間をかけて考えたりしていますが、
ひらめきというものは考える間もない反応かもしれないと感じました。
対象を見つける、疑問を持つ・考察し・決定する、は主にプロジェクトでもテーマ決めなどで見られる発想の流れですが。
この考える時間を短くした中で反応したり、慣用されたものがひらめきとも言えるのではないでしょっか。
発想力やひらめきの力は考える時間を短くする練習が必要かもしれないなぁ

・「昨日××してたそうですね」の時
 考えれば考えるほど答えが出せませんでした。
突発的な事に対する少しも発想ができなかった・・
私は発想する時経験や記憶、知識に頼っていてそれを掘り起こしている事が強い。と感じました。
破壊は創造の源とありましたが、実際に私たちが持つイメージ等は自分で作り上げた固定観念というか「こうである」という決め付けて持っている部分がある。
からこそ、靴紐がこんにゃくにすぐ反応できなかったんだな。
 でもこの「考えれば考えるほど」の間に私は経験や知識を分解して
「靴にこんにゃく」を創造してたのかもしれない。

■関連:倉持さんによるブログ記事


■参考文献
「プロダクトデザインにおける創造性と方法論 櫛勝彦 (博士論文)」
「インプロ教育--即興演劇は創造性を育てるか? 高尾隆 フィルムアート社(博士論文を元にした書籍)」
「自由になるのは大変なのだ--インプロ・マニュアル 今井純 論創社」


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はじめまして.アサイといいます.
いつの頃からか失念してしまいましたが,長い間ブログを購読させてもらってます.今回のエントリたいへん興味深く読ませていただきました.
私は映像作ったり,Flashでインタラクティブな物を制作したりしています.またインタフェースについてや,そのありかたついていろいろ研究っぽいこともしております.大学で非常勤講師もしております.ザックリとした肩書きで言えばデザイナーとなるのかもしれません.

私の興味は,クリエイティブさが生まれる源やその方法・技術・原動力ってどこにあるのだろうか?また,それを発揮するとき,デザインとデザインを必要とするメディアの関係,バランス,今求められるコンテンツは?などなどクリエィティブさとデザインされるコンテンツ,そこに必要とされる人と物とのインタフェースについて日々試行錯誤しております.

最近はパソコンでデザインが作れる時代です.そのため自分も含め,学生にデザインを指導するときにいつも身体性が失われている感覚を覚えていました.アイデアを出すときは自分なりのアイデア創出手法があるのですが,それを押し付けたところでその指導方法は学生にうまく当てはまるのだろうか?理解してくれるのだろうか?いや,もっとちゃんとアイデア創出の仕方を学んだ人から教わった方が間違いないんじゃないか?などと悶々としておりました.

「イマジナリーボール」は誰もができるし,言葉のいらないコミュニケーションですね.すごく楽しそうです.

このエントリを読んでヒントをもらった気がいたします.今回のエントリの内容は「こんなに詳しく載せていいの?」と思うくらい外部で読むだけの私には大変ありがたい内容でした.また,それをしっかり記録し公表をしているその姿勢に感激しております.

kamihiraさんのこの情熱が学生に100%!伝わる事を願ってます(笑)

初コメントなのにいきなりの長文失礼致しました.
今後ともブログ購読させていただきます.

kamihira :

おっと、Jellifish Partyの浅井さんではないですか。
実は世間は狭くて、5年ぐらい前に勤めていた大学で僕は飯村隆彦の助手をしていたんですが、その折りから浅井さんのお名前は存じておりました。

最近の制作環境の身体性の希薄さには、デザイン教育関係の誰もが悩んでいるんでしょうね。同じ問題意識を持つ人に向けて丁寧に記録しましたので、遠くから反応していただけて嬉しいです。

私もゼロから考えた訳じゃありませんので、どうぞ教育活動の参考にして頂けましたらと思います。僕も数年前にJellifish Partyの作品映像を講義で見せたことありますし、情報は回り回っているのだと思います(笑)


アサイ :

飯村さんの助手だったんですか!
あ,そのまえにブログを「購読」って書いちゃいましたが,
引き続き「拝読」させていただきます.に訂正させて下さい(汗
買って読んでいませんでした・・.

ということはT京K芸大にいたということですね.
kamihiraさんが現在どのような経歴の方か知らずにブログを
読ませていただいているのでびっくりです.
何かご縁があるかもしれませんので,今後ともよろしくお願い致します.


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このブログ記事について

このページは、kamihiraがJune 9, 2008 11:00 PMに書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「フィジカルコンピューティングでスケッチ・ワークショップ in IAMAS」です。

次のブログ記事は「オカムラのContessaを買う」です。

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