July 2008アーカイブ

yasai.jpg大学からはすっかり学生の姿は消えたが、教員はまだまだ仕事だらけの日々が続く。明日までに成績つけて、今週末はオープンキャンパスか・・。

ところで、通勤途中に通りがかる野菜直売所がずっと気になっていたので、先日停車して立ち寄ってみた。川崎には今でも一部には野菜畑や果物畑が残っていて、裏の道路をドライブしているとあちこちに直売所を見つけることが出来る。ここは農家の方が個人的にやっているごく小さな店だ。午前9時から12時の3時間しか営業してない。

今の時期はトウモロコシが旬なようで、、並んでいた客から「5本!」「10本!」と声が上がって、バンバン買われていく。ちょうど僕の手前で売り切れてがっかりしていたら、農家の人が「ちょっと待っとれ」と、カゴを抱えて目の前の畑にタタタと走っていき、数本摘んできてくれた。たとえ川崎市の畑であっても、採るところを見ていればおいしさ倍増。甘くて美味しゅうございました。僕らは料理と一緒にストーリーも食べている。

地図ではこの辺。お近くの方どうぞ。


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土曜の午後、3年生のプロジェクト中間発表会が行われた。例年は3つぐらいのグループが一部屋に集まり、口頭プレゼンテーションと質疑応答というパターンだったのだが、それじゃフィードバックが足りないって事もあり、今年は全22プロジェクトが一斉にみれるパネルセッション形式での中間発表会を実験してみる。運営する側としては段取りが例年の何倍も大変で目が回った。(自分でやってみて分かったが、いかに去年の実行委員会が優秀だったかだな)でもその分、どのプロジェクトも気合い入れた発表の準備してきていて、中間経過時点としてはまずまず、といったところ。

今年のプロジェクトは、過去に学部の中で積み重ねられたグループワークのノウハウやヨコの関係が生きてきたらしく、どこもそれなりにいい仕事しているようだ。M先生が「教員がぼやぼやしているうちに、ヘタすると彼らは教員よりもうまくやる方法分かっているかもよ」と言っていたが、そうなのかも。彼らもダテに演習で苦しんできたわけじゃないってことか。

各取り組み内容は紹介しきれないので、とりあえず自分の担当分だけ。
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明日は3年生のプロジェクト中間発表会。どこも真剣に遅くまで準備してます。
ヘッドマウントディスプレイを装着した女の子は担当しているAR(強化現実)プロジェクトの学生で、
 何か怪しいことを企んでるわけではありません。

我思う

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「ふむふむ」と「むふむふ」は、同じ文字なのになんでこんなニュアンス違うんだろう。
真面目なメールで打ち間違ったじゃないか。

ついでに、一つの意味から違う意味が生成されてしまう、コミュニケーションを破壊するアナグラム機能付きメールソフトを構想した。
「きちんと」→「チキンと」→「とんちき」
みたいな。

・・・・すみません、あまりの暑さに頭がやられました。

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「オバケーション いまどきオバケはハローワーク」(笠尾敦司とオバケーターズ著)という本を見つけたので、早速買ってみた。このプロジェクト(オバケーション)は、子供たちが身の回りを観察し、それを元に面白いオバケを想像するという知育的な面と、こどもたちによって書かれたシートを素材にして、デザイン科の学生らがキャラクターデザインするという実践的な面が関わり合った参加型コミュニティとなってもう10年ぐらい継続して続いているもの。今で言うUGC(user-generated content)の考え方に結構早くから取り組んでいた。これはそこで生まれたキャラクターや活動記録をまとめた本である。帯に書かれた数字、これまでのオバケ投稿数「13867」、そこから誕生したキャラクター「546」という数字からも、本当に子供達に親しまれて育ち続けている企画であることが分かる。そして題名に「ハローワーク」と言葉があるように、オバケ達がさらにこの本から出て仕事を見つける、つまり本を読んだ人を介してバイラル的にそのキャラが広がっていくことを意識しているのが面白い。なるほど、たしかに妖怪は古くから口コミが本質だ。

中はこんな感じ。
知り合いのブログ巡りをしている時に見つけた、札幌私立大の福田さんらがやっておられるコンペのテーマが興味深かったのでメモ。

今年も札幌メディア・アート・フォーラム(SMF)トライアルを開催します。
テーマは、「環境?エコを捉え直す?」です。
今の日本では、環境保全のためのエコ活動が活発ですが、
それって本当に、
「地球にとってのエコ」
「人類にとってのエコ」
になってるのでしょうか?
というのが、このテーマの発端です。
SMFトライアル

「人類にとってのエコ」ってのは身もフタもない正直な発言でちょっとビビるが、このへん、最近ちょっと気になっているテーマだったりする。

最近になってますます声が大きくなり始めたCO2削減ブームは、なんだか単純な話に割り切られているように感じて、どうもそこの仕組みがよくわからないのが本音だ。よく知られているように温暖化してるのは事実だとしても、その因果関係や解釈を巡っては色々な見解があるようで、そういう話を読めば読むほど素人的にはもう真偽の確かめようがなく、そのまま思考停止せざるを得ない。

参考リンク:
・環境省が出している「Stop the 温暖化」と、映画「地球温暖化詐欺」Wikipedia)の比較。


学生らのデザイン提案の指導をしていると、エコのためにユーザーにCO2排出量を意識させるようなテーマは比較的よく出会うものだが、その前提となっていることを疑わねばならないとすると、どうしても提案の妥当性に対しての歯切れが悪くなっていく・・・。人間が「よしよし、環境にやさしいことをしたぞ」と満足できることが決してゴールではないわけだし、もし仮に対策して得られる効果が気休めに過ぎないのなら、そのコストを無視しないで他への優先順位を考えるべきだろう。そんな感じで、考えれば考えるほど具体的なデザインは進まない。うーん、難しい。
でも、視野は広く持っていたいものだ。

ところで、悪の人間関係のセオリーとして、仲の悪い人とうまくやっていくには「共通の敵を作ること」、というのを聞いたことがあるが、グローバルが進む現在、世界中をつなぐ共通言語として環境問題は分かりやすいのかもな。細分化していくパーソナルな物語だけでは社会は築けない。いつのまにかエコが広報活動にすり替わっていく風潮を見ると、そんな奇妙な感想をもつ。

 環境問題を恐れるとき、ぼくたちはどうも短期的な気休めの解決策にとらわれて比較的どうでもいいことにお金を使いがちで、結果としてずっと重要なことに使われるお金を減らしてしまう。水環境や農薬や地球温暖化の問題にしても、リソースを使うときには合理的になってよく考えた発言を下すべきだ。だからといって、合理的な環境管理や環境投資がよいことであることが多いのを否定するつもりはない。単にそういう投資でも、人間活動の重要分野すべてにおける似たような投資のコストや便益とくらべなきゃいけませんよ、って言いたいだけだ。

 全体としてぼくは、あまりに楽観的だとそれなりの代償がついてくるけど、あまりに悲観的なのだってそれなりに高くつく、ということを強調しておくことが大事だと思う。
もし未来を信じなければ、ぼくたちはどんどん無力感にとらわれ、無関心になり、おびえるようになる---自分のなかに引きこもるようになる。そして地球のために戦う決意をしたとしても、まともな分析から生まれたものよりも、増大するおびえから生まれたプロジェクトに参加してしまうことになるだろう。
 もちろん、単に未来を盲信するわけにはいかない。でも本書の記述と議論は、ぼくたちを非生産的な心配から解放してくれるものだから、大きな影響力を持ちうる。それはぼくたちが社会の有形無形の資産生産に参加しているんだという事実について、新たな信頼を与えてくれるものだ。
<中略>
 世界で手に入る食糧が 増えたのは、みんなが心配したからじゃない。先見の明のあった個人や団体が緑の革命を起こしたからだ。ぼくたちが余暇や安全や所得や教育水準を高めたのも、心配したからじゃない。その問題に取り組んだからだ。
ぼくたちは問題に取り組むべきだし、理性的に優先順位を付けるべきだけど、無用に心配するべきじゃない。

環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態」 ビョルン・ロンボルグ 著  山形浩生 訳 p572-573
追記:
ロンボルグの新刊「地球と一緒に頭も冷やせ! 温暖化問題を問い直す 」が最近出たらしい。
レビューを読むと、興味深そうなので読んでみたい。

 
久しぶりに歩いて大学まで行く途中、坂道で原チャリとすれ違った。

前傾姿勢で原チャリを運転している小太りのおじさんは、口をモグモグしながら片手でシェーバーを頬に当てていた。信じられないマルチタスク。人間って凄い。証拠写真取ろうとしたが、腹を抱えて笑っている間に見失ってしまった。



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以前植えた枝豆が、いつのまにか枯れかかっていた。
日当たりもよかったし水も上げたにもかかわらず
結局そんな大きくならなかったのは、
やっぱりプランターでは土から得る栄養が足りないのかな。

植物も人間も、栄養を変換して生きている。
狭い場所で申し訳なかった。

(と、どうでもいいネタでエントリ数を稼ごうとするセコい奴)

ootemachi.jpg過去の自分の行動履歴をふりかえることで未来の行動に影響を与えたい、という学生の話を聞いていて、Googleリーダーの「週間投稿数」という属性を思い出した。各ブログに一週間にエントリをいくつ挙げているかの平均値が算出されているもので、ユーザはフィード登録時に読者数と共にだいたいどの程度更新されるブログなのかを知ることになる。

このレートには、ブログが開設された期間の中で、どのくらい情報が投入されているかのいわば「生命力」が客観的に表されている。
ちなみに、毎日定期的に記事を書いてるブロガーの場合、例えば棚橋さんは、この数値は「6.5」。しょこたんは「112.5」。

で、ここのkamihira_logは、「0.7」。

・・・。

嗚呼、俺は週に一回も書いてないのか(泣)。「週間」というより「習慣」がなってないのかもしれない。しばらく書いてないと、ネタがあっても書こうとも思わなくなっていくしなぁ。

たしかに、リアルにこんな数値突きつけられるともっと定期的に書こうかな、って気になるかも。


#写真は本文と関係有りません。
昨日、半蔵門線大手町駅のエスカレータ途中で見た謎のポスター。
手と目があまりにもキュートすぎたので、写真取るためだけにもう一回上って下りた。
こういうのを収集するのは習慣になっているのだがなー。

THA/中村勇吾のインタラクティブデザイン
2008年8月5日(火)〜8月28日(木)
ggg銀座グラフィックギャラリー

先鋭的なWebのインターフェースデザインで表現世界に数々の革命を起こし、そのシンプルで洗練されたグラフィックとモーションセンスに世界が注目している 日本を代表するウェブデザイナー、中村勇吾。ウェブサイトやソフトウェアの開発を中心に、映像や空間インスタレーションの製作を手がける中村勇吾・阿部洋介・北村慧太・深津貴之ほか計8名から成るデザインスタジオ・THA。
 彼らの初となる今回の展覧会では、NEC ecotonoha、アマナのfotologue、SAMURAI、UNIQLO USA、SoftBank、MoMA、イメージブックマークサービス「FFFFOUND!」など、これまでの仕事から、習作、展覧会用オリジナル制作、こ れからの試作まで。いろいろなプログラムをずらっと並べ、世界中のそれぞれの場所、瞬間、来訪者との一期一会を重ね続けるさまざまなインタラクティブデザ インの面白さ、魅力をご紹介いたします。
おおっ、これは必見。
学生のみなさん、プログラミングの可能性を知るためにも是非行きましょう。

関連記事:北村慧太氏講演 kamihira_log
newton.jpg

iPhoneをいち早く手に入れた人に少しいじらせてもらったが、UIはほとんどiPodtouchと同じ印象なので、ちょっと触ったぐらいではあまり差が分からない。

それより、2ヶ月ほど前、某デザイン会社に勤めているI君が会社の倉庫整理の時に発掘してきたという小型端末機を見せてもらったときのほうが驚いた。Appleが10年以上前に作っていたNewtonだ。発売されていたころにも話題になっていたのは知っていたが、写真でしか見たことなかったため、今頃になって始めて触る経験を持った。もちろんモノクロだし、今じゃ巨大すぎる端末だ。

でも、何、この触った感覚の気持ちよさ。たしかに、PDAとして日常的に使うにはマイナス点が多かったのかも知れないが、計算された直感的UIや手書き精度の高さを知った時、iPhoneだって最近になっていきなり生み出された訳じゃなくて、10年以上前からずっと快適なインタラクションのノウハウを蓄積してきた伝統が活かされているだなぁ、と気付かされる。
 「iPhone」のはるか以前に登場したAppleの「Newton」は、多少の手を加えるだけで、それ以降のいかなるPDAにも対抗できるだけの魅力を備えていた。いまだにNewton OSを懐かしく思う熱狂的なマニアも多く、毎年Macworld Expoの時期には新しいPDAが発表されるとのうわさがささやかれるほどだ。
 IT史に輝く「すべったテクノロジー」16位
電車の中で動画を撮ってみた。(向かいにいる青シャツの乗客の方、すみません) 冒頭の、「書いたものを消す」ときの操作に注目。字の上から重ねてグジャグジャと書くと・・・。
DSCF0067 posted by (C)peru

ところで、喜ぶ我々に対して山崎先生や浅野先生らは、「なにをいまさらよろこんでるんだこいつらは」という感じの視線だったのを覚えているが、いかに世代毎に存在していたテクノロジーが消え去っているかってことだよな。もったいない気もする。

展覧会情報

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君の身体を変換してみよ
佐藤雅彦研究室+桐山孝司研究室
2008年7月12日〜8月31日  NTTインターコミュニケーションセンター(新宿初台)
今年のICCキッズ・プログラムでは,作品監修に佐藤雅彦氏(東京藝術大学大学院 映像研究科 教授)と桐山孝司氏(同大学 准教授)を迎え,「君の身体を変換してみよ」と題して,人間にそなわっている生得的な感覚や志向性をテーマにした展覧会を開催いたします.
わたしたちは視覚,触覚,聴覚などのさまざまな感覚がセンシングした情報を無意識に再構成し理解しています.本展覧会では,現代のテクノロジーを使って,身体感覚の新しい統合やズレを引き出す実験装置ともいえる作品を紹介します.
あなたの身体の一部をとり出して表現された身体像と遊んだり,隠れた身体感覚や身体能力を刺激する体験などを通して,わたしたちが感覚情報をどのように受 け止めているのかを考えます.同時に,認知心理学や行動分析学など,人間の「心」や「脳」のはたらきを知るための知見を応用した,新しい表現を展望しよう とするものです.

この企画に協力しているベネッセ教育研究開発センターの中の人から案内もらいました。ありがとうございます。こどもたちであふれかえる前に、早めに行かなきゃ。同行者募集。

第12回企画展:「デザインスクールリーグ2008 デザインと新価値創造展」
2008年7月26日(土)〜8月17日(日)  DESIGN HUB(東京ミッドタウン)

2008ADC展
2008年7月4日(金)〜7月30日(水)  ggg銀座グラフィックギャラリー(銀座)

エレクトリカルファンタジスタ2008
2008年7月19日〜8月6日 ZAIM(横浜関内)

IMG_9664.jpgこの夏はいつになく情報デザインのワークショップが沢山開催される予定ですが、私が関わっている情報教育のプロジェクトでもワークショップを開催することになりました。内容は入門的なことながらも、なるべく深い部分を忍ばせたいと思います。あと、参加特典に持ち帰ってもらえるような教材キットを、学生と一緒に鋭意準備中です。

基本的に小中高の情報教育関係者向けですが、一般の方も参加できますので御興味を持たれた方はどうぞよろしくお願いします。

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ワークショップ「体験! 情報デザイン」 の御案内

この「体験! 情報デザイン」ワークショップでは、情報伝達の要素とその仕組みの気づきと理解を主なテーマとします。高等学校新学習指導要領において,一層重視される「情報デザイン」の基本となる視点を、まずは体験してみましょう。

"相手に情報を伝える能力"。一見簡単なことのようですが、構成している要素を分解していくと、我々の社会的活動を支えている奥深いコミュニケーションの仕組みが見えてきます。人間と情報のよりよい関係をつくるためには、このような本質的な部分を丁寧に見抜き、自分で活用していくサイクルを作ることが重要です。今回は情報デザインの細部までは踏み込みませんが、体験を元にその考え方を高校生向けの教育活動として現場で応用していけるような学びの機会を提供したいと考えております。
 

■日  時 :    2008年8月11日(月)  13:00〜17:00

■会  場 :     専修大学 生田キャンパス 10号館2F 10214教室
〒214-8580 神奈川県川崎市多摩区東三田 2-1-1

4年生のT君とKさんらが、アルゴリズム的思考の基礎を理解するためのシリアスゲームの開発に取り組んでいる。

我々の学部の場合、プログラミングの事前段階にアルゴリズム的に考えるという基礎訓練があって、そこで初歩的なアルゴリズムとして、数字ベースの簡単なフローチャートを作れるかどうかを試される。ところが抽象性の高さに挫折してしまう学生が多いという。そういった人たちに向けて、なるべく直感的に触れるような遊びの中で規則性を探り当てたり解いたりする訓練ができるコンテンツがつくれれば、我々の学部ならではのいい情報教育の教材になるんだがなぁ、と2年以上前から構想してきたテーマだったのだけど、肝心の引き受けてくれる学生がいなかったため消えかけていたネタだった。彼らのお陰でやっと動き始めた。

さて、そのT君が我々の学部の1年生向けに行われている名物の講義「アルゴリズム思考法」を教えておられた佐藤先生のところにインタビューに行ってきたらしい。その話がとても興味深かったので内部用SNSから転載してみる。

s1.jpg
最近、ふと思い立ってスプーンを集めている。経費を節約してカトラリーセットじゃなくてテーブルスプーンのみ。そしてコレクションというほど大仰なものではなく、普通に毎日使っている。こうやってならべて見てるだけでは、へぇ色んな形有るんだねぇ、ぐらいしか思わないかもしれないが、実際に使ってみると、「たかがスプーン」とあなどっていたものが、びっくりするぐらいそれぞれの使い心地や舌触りが違うのが分かって、それが面白くてたまらない。食事も楽しくなるってもんだ。

例えばグラタンを食べるときのスプーンを使うプロトコルを簡単に分解すると、柄をつまむ/指で回転させて持ち替える/皿のなかのグラタンにつき刺す/まぜる/寄せ集める/適量に切り分ける/適量をすくう/すくったものを口まではこぶ/口の前で息を吹きかけてさます/口を開けて差し込む/唇や歯でおさえながらひきぬく/噛んでいある間にもったまま待機する・・・などの行為を見つけることが出来る。スプーンというシンプルな道具と料理と人間(の手や口)との間には複雑かつ絶妙な相互関係があるが、通常はこういったことは意識されることはない。けれどもよく観察してみると、思想のあるスプーンは、本当に些細なところまで深く考えて作られている。
パソコンばっかりつかっていると、感覚が鈍っていくのを自分で痛感するので、もうすこし日々の生活のなかで感覚を鋭くしていかなきゃね、ってなわけで「違いが分かる男」を目指して感覚を分化していトレーニングである。

以下、手持ちのものをいくつか紹介。


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「忙しい」は言い訳にもならないのだが。この時期はどうしてもブログ放置しちゃうなぁ。さて、週末には広島国際大学であったデザイン学会に行ってきた。仕事は山積みのまま、なんとか移動中にでも進めようとおもいつつ結局はかどらず・・・。

・目当ての発表もあまり聞くこともできず残念。聞いた中では愛産大の村上さんの「なないろくれよん」(スポイトのように色をすくって天井のプロジェクタに描画するデバイス)の発表が面白かった。色を採集するためにあちこち走り回りたくなるってところがステキだ。

・学会は滅多に会わない人と近況交換できるのが面白い。某大型プロジェクトは大変そうだ。数名の関係者の話を聞いていたら、みんな一理ある気がしてきて、それぞれの分野からの視点はなんだか「藪の中」のような印象をうける。異分野コラボレーションって難しいねぇ・・・。(N君がんばれ)

・一方で、病気と闘うこどもたちのためのデザインプロジェクトを進めるO先生からは熱い話と展望を聞かせていただいく。テレビで取材されたり、大規模予算を獲得したりと徐々に世間に評価してもらっているよう。いろいろネタ交換しながら、はたして俺はこの人ぐらいデザインの力を社会のために使っているんだろうか、って自問させられた。

・写真は夜の懇親会で見たケーキのタワー。ゴージャスに見える。たかい参加費を払っておきながら、結局ほとんど食べれず。帰りにお好み焼きを食べて翌朝帰京。




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