アルゴリズム的思考とは

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4年生のT君とKさんらが、アルゴリズム的思考の基礎を理解するためのシリアスゲームの開発に取り組んでいる。

我々の学部の場合、プログラミングの事前段階にアルゴリズム的に考えるという基礎訓練があって、そこで初歩的なアルゴリズムとして、数字ベースの簡単なフローチャートを作れるかどうかを試される。ところが抽象性の高さに挫折してしまう学生が多いという。そういった人たちに向けて、なるべく直感的に触れるような遊びの中で規則性を探り当てたり解いたりする訓練ができるコンテンツがつくれれば、我々の学部ならではのいい情報教育の教材になるんだがなぁ、と2年以上前から構想してきたテーマだったのだけど、肝心の引き受けてくれる学生がいなかったため消えかけていたネタだった。彼らのお陰でやっと動き始めた。

さて、そのT君が我々の学部の1年生向けに行われている名物の講義「アルゴリズム思考法」を教えておられた佐藤先生のところにインタビューに行ってきたらしい。その話がとても興味深かったので内部用SNSから転載してみる。

今日は、佐藤(創)先生のところにアポなしで訪問してきました。

僕「アルゴリズムの真髄って何ですか?」

佐藤先生「それはね」

的な対談が幕を開けた・・・

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まず、佐藤先生の話で特徴的なのは、アルゴリズムを日常の行動に反映した形式だ。

まず飛び出したのは"way of thinking"という、横文字。それは無意識な考えではなく意識が潜んでいる節でアルゴリズムが強調される、という点で、

突発的な事象に対しての話、例えば、普段日常で平凡的に生活している場合は、何も考えてないってことが多い。

しかし、例えば、電車が遅れた時など非日常的な際には、どのように、電車を乗り継いで、規定時間内に行かなければならないという、思考が発生する。(この電車に乗って→このルートを辿る等・・・)それを客観的に指令にかけて、「誰でも読めるようにする」

          ↓
それらのものを落とし込むことが、アルゴリズム思考法でやったような、
フローチャート(の一環)であるという。

例えば、今日の議論でもあがったように、○×ゲームや、マッチ棒とりのゲーム等において、
これは、単に必勝法を学ぶためのものではなく、仮に、言葉の通じない人や、全く知らない人等を前提にした、共通理解の為の、アルゴリズムであり、フローチャートであるという考え方をしてみるとわかりやすい。

まとめてみると、自分で考え、書き起こして成果を得るそこから自分で責任をもち確信し、人に伝え、共有することが可能なレベルになって初めて、1つのアルゴリズムが成立するのだという。そこには自分の解答に対する状況分析や、わからないところを省みるといった、能力が問われるらしい。

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そして逆にそれらの能力や意識が欠けていると、「苦手」という状態に陥りやすいということになるが、佐藤先生いわく、苦手の原因として、記憶に頼っている部分と、先入観による部分、大きく2つのことに関して言及していた。

驚くことにテストなどの解答で20~30%の人が殆ど白紙に近いというが・・・

・・・・(続く) 



さて、なぜ多くの人がテストに直面すると、空白に甘んじてしまうのか...
その理由は佐藤先生自身の授業方針に隠されていた。

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佐藤先生は、

「記憶でアルゴリズムはなし得ないー」
そして、「似ている」解答では、全く評価に値しない、と斬り捨てる。


自分は、
一概にはそうとは言えない、と食い下がったが、確かに一貫性はある。
自分自身で自信をもち、
「これでどうだ!」
という解答を作成する過程に、記憶は縁遠いように感じる。

簡単に比喩すれば、
数学の試験と日本史の試験、同じ問題をパスした時の、
思考ルート、そして達成感の違いに、ヒントがある。

何もかけない=何も考えていない。

故にこの"授業方針"は、「記憶をいかに適用させず、思考能力を測りにかける」そのような質の提供を心がけているということが、言うまでもなくわかる。この授業をスルーした人とそうでない人の違いはそこに見える。

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しかし前述は、多くの人が感じている周知のことで、復唱に過ぎない。
そこで、もうひとつの理由、先入観という、要素を紐解く、
一つの引用を紹介してくれた。
それは、この学部がまだ、SAを適用してなかった時代にさかのぼる。

―その時代ではどの授業もSAという概念がなく、
先生が一人で当たっていた。

そして、じきにSAが導入されるようになり、
生徒達に、明らかな変化があった。
何がそうさせたのかというと、
それは、「自らと同じ境遇からなる、SAが理解しているといった事実」だという。

生徒達は「あるひとつの問題」に直面して、憤りを感じていた。
しかし、SAという模範をみて、自分たちにも可能であるという認識がアルゴリズムに付加し、気持ちが前向きに転化することによって、「理解したい、わかりたい」というものが芽生えたのではないかという。

これはともすれば、些細なことが心理的な要素へと繋がり、
思考に鍵をかけかねないということになる。
かたや、すばらしい回答を書く人というのは、
そのような気持ちが少なくとも強い、といったことがいえるのかもしれない。

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そして、
そのような事実に関連して、
佐藤先生自身の心遣いも明らかになる。

それは、細かく教えすぎない、
生徒とわざと距離を置く、小テストをしない。
等、教育論やカリキュラムのありかたについても聞くことができた。
そして傍らにある辞書や、3つの紙切れを引用しながら、シリアスゲームへの見解と展望する・・・・(づづく)

うーむ、これは続きが気になる。

別の学生が、「それを客観的に指令にかけて、『誰でも読めるようにする』」の下りに僕のインフォグラフィックスの演習の課題との類似性を指摘していたが、対象や目的の違いはあるにせよ、たしかに構造化して視覚言語で記述するって点は似ている。UMLも同じく。

ゲーム的な面白さを取り入れるのは、本来の学びからは邪道ではあるのだろうが、前向きな気持ちに転化することが大事だとすれば、遊びの勝ち負けで生まれる喜びや悔しさの感情を使わない手はないだろう。人間の理解はスタティックなものではなく、動いている変化の中にあるはず。最近はそういう人間の知的活動を捉えることが面白い。




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COMMENT(6)

nunokawa :

なんか懐かしい感じのする話題が…(苦笑

いまさらながら、最後までやっとけばなー…と思いますです、はい。

Anonymous :

佐藤先生とはもっと早くにお近づきになれていれば、

アルゴリズムのすばらしさにもっと早くに気づいていたかも。

kamihira :

代わりにまた別の仕事を是非よろしくね>nunokawa君

ishii :

アルゴリズム…懐かしいです。
再々再履修を経てやっと単位いただけだだけに
相当思い入れがこの授業にはあります(苦笑)

kamihira :

再々々履修ってのがすごいねぇ。
ishiiさんがこどもの遊びにつかってくれるようなものを作れるように頑張ります。

someya :

懐かしい話題ですね…
佐藤先生に会いに行きたくなりました。

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このページは、kamihiraがJuly 4, 2008 11:16 PMに書いたブログ記事です。

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