きょうの悶々
昼休みに、借力の谷口さんのブログを読んでいたところ、「カラマーゾフの兄弟」からの興味深い引用が。
何かを得たことが悩みを増やしていくって逆説は、最近僕もずっと引っかかっているんだよな。情報学部に勤めている以上、今後の情報社会に対する姿勢の取り方として、その辺の問題を考えないではいられない。
しかし、悲観的になって所有を減らしたところで悩みが減るわけでもなさそうだし、ゼロかイチかの極端なことを思いこんでしまうのもどうかと思う。人間には精神的な面にも恒常性が備わっているらしい。その辺が不思議に思うし、だからこそ面白い。
引っかかっていた部分にくっついた断片的な記憶が浮かんでは消えて、まとまらないので、とりあえず保留。答えはいつか自分で見出そう。
「自由だとか、自由な知恵だとか、科学だとかは、彼らを
ものすごい渓谷に連れこんで、恐ろしい奇跡や、解きがたい
神秘の前に立たせるため、彼らのうちで頑強で獰猛な者は自殺
してしまうし、頑固であっても弱い者は互いに滅ぼし合うだろう」
そして実際に先進国?ほど自殺が増えている。
所有と選択肢の多さが悩みを生んでいるのだろうか。
選択肢が多いほど、間違ったと思うことが多くなってしまうのかな。
このへんの構造がどうしても知りたい。
---小室と聖フランシスコ
何かを得たことが悩みを増やしていくって逆説は、最近僕もずっと引っかかっているんだよな。情報学部に勤めている以上、今後の情報社会に対する姿勢の取り方として、その辺の問題を考えないではいられない。
しかし、悲観的になって所有を減らしたところで悩みが減るわけでもなさそうだし、ゼロかイチかの極端なことを思いこんでしまうのもどうかと思う。人間には精神的な面にも恒常性が備わっているらしい。その辺が不思議に思うし、だからこそ面白い。
引っかかっていた部分にくっついた断片的な記憶が浮かんでは消えて、まとまらないので、とりあえず保留。答えはいつか自分で見出そう。
昔ポール・オースターにインタビューしたとき、かれの「人間心配事一定の法則」なるものをきかされたことがある。あらゆ る時点において、人がかかえている悩み事の主観的な重みの総量は一定である、という法則だ。昔の人は、明日の食い物が手に入るか、病気はどうすれば直る か、といった大きなことで悩んでいた。でもそういう大きな悩みが消えても、人は悩みが減るわけではなく、ネクタイが曲がっているとか、化粧ののりが悪いと か、くだらない心配をたくさんするようになったり、あるいは昔ならどうでもよかった小さな悩みをやたらに重要視するようになる。かつて生死にかかわる問題 について悩んだのと同じくらい真剣に、携帯電話の電池の減りだの狂牛病だの地球温暖化だのを悩むようになる。結果として、それらを足してみると(端から見 れば単なるせこいグチでしかなくても)主観的にはまったく同じだけ悩みを人は持ち続けるのである、と。
山形月報!
君も人間という奇妙な動物の一人だよね。ところがこの人間って奴は、いわば苦痛の機械と幸福の機械とをひとつの組み合わせたようなものなんだな。そしてこの 二つの機能は、いわばギブアンドテイクの原則というか、その上に立って実に正確に、緻密に、ある調和を持って働くんだね。ということはだよ、一方の面でひ とつ幸福が来ると、ちゃんともう一方の面ではその幸福にケチをつけてやろうってんで、悲しみと苦痛を用意して待ちかまえているやつがいるー。
「不思議な少年」マーク・トゥエイン 岩波文庫 (1900頃)
この細胞はちっぽけな存在ですが、その一生の中には必ず一度か二度「生きていてよかった」と思う瞬間があります。それは明日かもしれないし、三十年先かもわかりません。だからとりあえず今日はご飯を食べて明日まで生きてみることが大事なのです。
「明るい悩み相談室」中島らも 1991
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨
傘がない
行かなくちゃ
君に逢いに行かなくちゃ
君の街に行かなくちゃ
雨にぬれ
つめたい雨が今日は心に浸みる
君の事以外は考えられなくなる
それはいい事だろ?
「傘がない」 井上陽水 1972
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