柔道の「空気投げ」と旭山動物園からデザインの意味を考える(後編)
旭山動物園でみた"森の人",オランウータン.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
高いところにはられたロープをひょいひょいと得意そうにわたる姿は愛らしかったが,今彼らは絶滅の危機に瀕しているという.その理由は,彼らの故郷であるボルネオ島の原生林は伐採されまくっており,代わりにアブラヤシの農園をどんどんつくっているから.そして森林を失って迷い込んでくるオランウータンたちは,農園に関わる人たちにとって害獣となっている.アブラヤシを植えているのは『ちきゅうにやさしい』天然素材のヤシ油をつくるためなのに.皮肉なことだ.
そんなわけで,多くの日本人が恩恵を受けているボルネオの森林に対して還元するために,旭山動物園では,「ボルネオへの恩返しプロジェクト」なるものをやっているそうだ.
そのプロジェクトのひとつとして設置されていた自販機.売り上げはボルネオの森林を守るために使われる.オランウータンを見て,彼らの現状を知識として得た瞬間と,来館者が起こす行動の直結の仕方が面白い.こういうアクティビティからも,単に楽しく動物を見せているだけではないことがわかる.
旭山動物園は,動物たちの見せ方が面白いという話で語られがちだ.でも,一番大事なことはそこではない.動物たちの本来の姿を知る経験を通した上で,地球上で多くの生き物が共生する自然環境や生態系について考えよう,というメッセージの真摯さ,そしてそれを声高に押しつけるのではなく来館者の誰もが自然に感じとれる経験のかたちに翻訳して伝えているところが,きっと心を打つのだと思う.
動物たちの魅力に心を奪われた以上,もう別に関係がないや,と都合良くシラをきれる訳じゃないのだ.
そして,旭山動物園が提起する問題は,今の便利な都市生活の影でもあり,心の深部に刺さる.それだけではなく,「生」と「死」の関係という誰もが避けたいところまで踏み込んでいく.
こういった動物から逆に人間側の存在意義を問うような言葉は,本の中だけではなく旭山動物園全体の展示や解説パネルにも通底していたように思う.これらのメッセージは,簡単に答えが提示できるものではないが,同じ地球を共有するものとして,無視し続けられるものでもない.だからこそ彼らがやっているように,動物園という場を通して,動物たちの姿に感動すると共に思いを馳せるためのきっかけをつくることに意味があるのだろうと思う.
もう一点,ここから派生して,幅広い見方で考えていくための方法論として.考えさせられるものがあった.
旭山動物園が行った新しい価値を見出す方法は,他の分野においても全く同じように参考になると思う.以下は園長の板東が関わっている林野庁のプロジェクト,知床の森作りに関する発言部分.
北海道旅行から都会の生活へと帰り,二冊の本を読みながら多くのことに気付かされた.当初行ってみようと思った時と随分違う方向であったが大きな収穫だったと思う.
最後に,「こども牧場」のニワトリ小屋の中で,ひっそりと生活していた老ヤギを紹介.
パネルの説明にあるように,このヤギはもう歩けない寝たきり状態なのだけど,たくさんのニワトリたちと共に生活していた.余生を孤独に檻の中で過ごすよりも,すこしでも他者と関わりのあるものにという配慮なのだろう.大勢の人で賑わう他の施設から離れた,こんな地味なところに本当の姿勢が見える気がした.
旭山動物園は,動物たちの見せ方が面白いという話で語られがちだ.でも,一番大事なことはそこではない.動物たちの本来の姿を知る経験を通した上で,地球上で多くの生き物が共生する自然環境や生態系について考えよう,というメッセージの真摯さ,そしてそれを声高に押しつけるのではなく来館者の誰もが自然に感じとれる経験のかたちに翻訳して伝えているところが,きっと心を打つのだと思う.
動物たちの魅力に心を奪われた以上,もう別に関係がないや,と都合良くシラをきれる訳じゃないのだ.
そして,旭山動物園が提起する問題は,今の便利な都市生活の影でもあり,心の深部に刺さる.それだけではなく,「生」と「死」の関係という誰もが避けたいところまで踏み込んでいく.
仲良くするから一緒に生活できるわけではない.相手の存在を認めるから一緒に生活できるのだ.人は『仲良く』という聞こえの言い概念をもとめがちである.
それと同じ反応が「オオカミの隣でエゾジカを飼うなんてかわいそう」というものである.仲良くできないものをなぜ一緒にするのか,と言って怒るのである.僕らは都合の悪いものを排除して生きてきたから,「仲良く」してが一緒にいられる原点のように思ってしまう.
<中略>
自然の中では,お互いの能力を存分に発揮できる空間があって,彼らなりの"間"があってオオカミとエゾジカは共生してきたのだ.それを「かわいそう」だとはいわないだろう.
(板東元 夢の動物園 p153)
しかし,自然界では死があればあるほど他の命が輝く.それが生きていくことの証だし,自分のいのちが誰かに引き継がれていく自然界の仕組みである.だからムダになるいのちはひとつもない.
<中略>
そのために動物園は何ができるだろう.それは動物園に来た人の気持ちが変わるように努力すること.どのいのちも大切だよね,と思う気持ち.そう思う人が増えれば,絶滅寸前の動物を守ることが出来る.大切な野生動物ばかりではなく,彼らを育んでいる森や山や川を守ることができる.
(板東元 夢の動物園 p191)
こういった動物から逆に人間側の存在意義を問うような言葉は,本の中だけではなく旭山動物園全体の展示や解説パネルにも通底していたように思う.これらのメッセージは,簡単に答えが提示できるものではないが,同じ地球を共有するものとして,無視し続けられるものでもない.だからこそ彼らがやっているように,動物園という場を通して,動物たちの姿に感動すると共に思いを馳せるためのきっかけをつくることに意味があるのだろうと思う.
もう一点,ここから派生して,幅広い見方で考えていくための方法論として.考えさせられるものがあった.
旭山動物園が行った新しい価値を見出す方法は,他の分野においても全く同じように参考になると思う.以下は園長の板東が関わっている林野庁のプロジェクト,知床の森作りに関する発言部分.
知床は「知床」というとんでもないブランドを持っている.世界自然遺産にも登録された.それじゃ,と思って行ってみたら,「なんだ,たいして面白くないぞ」「雨が降っていて見られなかった」という声があがる.なぜならお客さんはきれいな景色とか流氷にしか目が向いていないから.景 色が見られないとつまらないになってしまう.そうではなくて,知床は存在自体が自然のしくみ,生き物のしくみで成り立っているわけで,その命のしくみを感じられるようにしてあげれば,雨だろうと風だろうと「行って良かった」「また行きたい」「大切にしたい」になる.要するに価値の見つけ方なのである.単独の現象だけをみるのではなく,現象を成り立たせている自然界の循環の仕組みにまでどんどんスケールアップしていく視点が圧巻である.このような視点で今の社会を見渡していくことは大事だろう,ものごとの存在に対して,安直な解釈に陥らないように自分も心掛けたいものだ.
<中略>
知床には,オジロワシ,シマフクロウなど大型の肉食の鳥類が多い.僕らは漠然とオジロワシを見ているが,彼らはホッケだけならば一日2尾は食べる.10羽 いたら20尾だ.10日で200尾になる.それだけの魚がいる.その魚を養う川や海がある.そして川や海を豊かにする森がある.その大きな仕組みの中で人間の生活がある.知床では豊かな自然の恵みを享受する一方で漁業を営む人たちも協力して森を維持する事業に取り組んでいる.循環する仕組みが働いている. 知床に行って,その仕組みを感じてもらえたら,知床の本当の価値を知ることになるのだと思う.
(板東元,夢の動物園p177)
北海道旅行から都会の生活へと帰り,二冊の本を読みながら多くのことに気付かされた.当初行ってみようと思った時と随分違う方向であったが大きな収穫だったと思う.
最後に,「こども牧場」のニワトリ小屋の中で,ひっそりと生活していた老ヤギを紹介.
パネルの説明にあるように,このヤギはもう歩けない寝たきり状態なのだけど,たくさんのニワトリたちと共に生活していた.余生を孤独に檻の中で過ごすよりも,すこしでも他者と関わりのあるものにという配慮なのだろう.大勢の人で賑わう他の施設から離れた,こんな地味なところに本当の姿勢が見える気がした.TRACK BACK(0)
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上平先生
オランウータンの血液型を知っていますか?
私は、知りませんが、一昨年妻がボルネオへ友人と行ってきたとき、オランウータンの血液型は、B型に「間違いない」と言っていました。
一つのことに夢中になると、他のオランウータンが何をしていてもまるっきり感心が無く、自分がやっていることにちょっかいを出されるとやたらと怒る。みんながそれぞれやることがなくなると、テンテンバラバラに勝手な行動をするそうです。
私と全く一緒だからオランウータンの血液型はB型である。ときめつけています。(参考になりませんね!)