Booksの最近のブログ記事

make1.jpg 「Making Things Talk -Arduinoで作る「会話」するモノたち」

先日のMake: Tokyo Meeting 02で先行発売されていたそうで、SAのyasui君がいち早く会場でゲットしてきて嬉しそうに教えてくれた「making things talks」の日本語版書籍。Arduinoの詳しい解説やサンプル事例が豊富に載っていて今度注文しようかと思っていたところ、監訳者の小林さんから献本いただきました。どうもありがとうございます!是非、試して遊んでみたいと思います。

ちょっと前には、出版社が消えて絶版になっていた「+GAINER」がオーム社から再発売されたとのことで、こちらもいただいたのですが、こういった分野の参考書籍が売られつづけるのは有り難いことです。

ついでに、宣伝に協力。
 フィジカルコンピューティングの発信地でもある、IAMASのGANGU Projectのみなさんの展覧会が開かれる模様です。

■IAMAS Gangu Project - Work in Progress
2008年12月25日〜27日 11:00~19:00
六本木AXISギャラリー

IAMAS Gangu Projectのブログ



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無くなった本をみつけるために本棚をごそごそ漁っていたら、インフォグラフィックス関連本であまり知られてない本が目に入ったので簡単に紹介。どれも眺めているだけで楽しい本である。
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 中古で買ったまま長らく放置していた「Disguised -a true story-」 by Pat Moore(1985)を読んだ。最初原書を買ったものの、直後に邦訳も出ていることを知ったので、時間短縮のためにそっちで済ませることにする。読みやすい文章だったので、仕事合間の2時間程度で読了。

 この本は、1980年頃、当時26歳のある若い女性プロダクトデザイナーが85歳の老人に変装し、アメリカの街の中をフィールドワークしたというドキュメントで、参与観察の手法による「ニーズ探索」の先駆的とり組みとして知られる。現在インクルーシブ・デザインのワークショップで広まっている、インスタントシニア体験の源流とも言える。

 一般書なので、その活動の中での人々とのふれあいなどのエピソードが多く、あまり研究内容に突っ込んだ記述はされてないのがちょっと残念ながら、デザインがめざすべき答えへ、体張って果敢に取り組む真摯な姿勢には心を打たれた。
変装、と一言でいっても、ちょっと服や髪を変えて誤魔化すのではなく、眼の光を濁らすために眼球にベビーオイルを垂らし、歯を汚すために油性クレヨンで塗り、強烈な肌荒れと戦いながらもラテックスで特殊メイクをしたり、など全身くまなく加齢させる徹底ぶり。誰から見ても老人になりきり、ムーアは街へと出て行く。そして3年間にわたり、全米で100以上の街で老人目線で彼らの行動や人々の対応の様子を調査したという。

社会学的な問題へと視点を広げつつ、共同体に生きる人間どうしの関わり合いのかたちを突き止めようと入り込んでいく過程には、強く引き込まれた。今でこそアプローチとしてねらい所が分かるけど、当時は理解してくれる人も少なかっただろうに。その先駆的なデザインに対する考え方に、脱帽。


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「体験!情報デザイン」ワークショップの開催に合わせて、積み重ねてきた教材や課題をまとめた事例集を簡易出版し、参加特典として関係者に配布することになった。
名称は、「Education through InformationDesign and VisualCommunicationDesign  情報系学部におけるデザイン教育 課題及びワークショップ事例集」
そういえば、僕の講義でやっている小課題の数々は、色んな意味で学内的には名物(?)でありながらブログにはほとんど書いたことがない。大して役に立つ教材でもないと思うが、実践されてる課題事例と言うことでたたき台にしてもらえれば、と情報教育の発展に貢献するために公開することにした。僕だってゼロから考えて来た訳じゃないので、同じ様に参考にしてもらえれば問題ない。多分出題を同じようにやったとしても指導や講評のの違いで違うものになっていくものなので、先生方御自分で工夫を重ねるだろう。

さて、完成したものを見るのは簡単だが、作るのはいやもう本当に大変だった・・・。ワークショップ自体の準備と同時に、こちらの準備も同時進行で進むことになり、時間もせまっているのにせっせとスキャニングしたりと、自分の姿が悲しかった。もうちょっと普段からこまめにデータを整理しておかなきゃと痛感する。

なお、目次をつくった段階では第11章まで構想していたのだが、予想以上の仕事量に、2年生向けのグラフィックデザインの講義でやっている内容の1~3章だけで力尽きてしまった。(ここまでで、もう57P)とりあえず、ということで視覚伝達デザイン編ということで第一巻としてまとめた。

デザインはKさんが全部引き受けてくれ、ゼロからIndesignを覚えて約60ページをレイアウトしてくれた。(いろいろ注文付けてしまい、申し訳ない)そして研究室のみんなが手分けしてせっせと印刷・リング穴開け・製本作業をしてくれた。レーザプリンタが思うように動かず進行が予想以上に遅れたが、なんとワークショップが終了する17時頃に今回の人数宇分の製本が完了し、滑り込みセーフで配布完了。僕からデータ渡してから、ここまでわずか4日。時間との戦いに相当疲労したと思いますが、みんなに感謝!

内容やクオリティについては、急ぎ仕事だったせいもあり、僕もKさんもやり残した事だらけで悔しいが、とりあえず一段落としよう。
綴じられた冊子をパラパラと眺めていると、課題に立ち向かう過去の学生らの苦闘が見えるようでなかなか感慨深い。いつのまにか参考作品もたまったなー。教育活動はこういう機会にまとめない限り、蒸発して消えていく一方なのかも。そう考えるとこの情報教育のプロジェクトに感謝しなければ。


事例集はウェブで公開する方が人目に触れるとは思うのだけど、履修中の学生にはあんまり安易に回答例を見られたくないんだよね・・・。(ググって見つけるのではなく、答えは自分の頭の中で生成しなきゃ)

ちなみに、現在この世に30部ほどしかない手製本ですが、もし入手を希望される方がいらっしゃいましたら、追加発行するかもしれません。



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「オバケーション いまどきオバケはハローワーク」(笠尾敦司とオバケーターズ著)という本を見つけたので、早速買ってみた。このプロジェクト(オバケーション)は、子供たちが身の回りを観察し、それを元に面白いオバケを想像するという知育的な面と、こどもたちによって書かれたシートを素材にして、デザイン科の学生らがキャラクターデザインするという実践的な面が関わり合った参加型コミュニティとなってもう10年ぐらい継続して続いているもの。今で言うUGC(user-generated content)の考え方に結構早くから取り組んでいた。これはそこで生まれたキャラクターや活動記録をまとめた本である。帯に書かれた数字、これまでのオバケ投稿数「13867」、そこから誕生したキャラクター「546」という数字からも、本当に子供達に親しまれて育ち続けている企画であることが分かる。そして題名に「ハローワーク」と言葉があるように、オバケ達がさらにこの本から出て仕事を見つける、つまり本を読んだ人を介してバイラル的にそのキャラが広がっていくことを意識しているのが面白い。なるほど、たしかに妖怪は古くから口コミが本質だ。

中はこんな感じ。
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 今後の情報社会のなかでのデザイン行為について悶々と考えていたところ、アドリアン・フォーティの「欲望のオブジェ-デザインと社会1750-1980」という名著を思い出した。Amazonではとんでもない値段がついていて、さすがに買う気は失せるが、専大の図書館で検索したらなんと3冊も入っている。専大GJ。というわけで、早速借りてきて読んだ。

 この本の中でアドリアン・フォーティは、歴史を追いながらプロダクトのデザインは「デザイナー個人の創造性」だけで成り立っているのではなく、社会的・経済的なさまざまな観念(イデオロギー)との関係で生み出されるという視点で読み解いていく。衛生や清潔の観念が生み出されて衣食住がピカピカになり、何もかも自動化してくれるというユートピア的な生活の観念が生み出されて電化製品が発達する。もちろん自然発生的にそんなものが生まれるわけはないので、当然ながら当時の社会や産業の状況が与える影響は大きい。そんな感じで人々の中に生まれた欲望の観念こそがオブジェに変換されていくのだと。
衛生も省力化もともに今世紀の人々にとって重要な問題だったが、それが家庭用器具にあらわされる場合には、メーカーが自分たちの商業目的に合致すると想定した方向で手が加えられたら、足し算引き算が行われてきた。観念や信念を変貌させるという点では、成功したデザインは錬金術に似ている。つまり、それぞれ異なる出自を持つさまざまな観念を融合させ、仕上がった作品の形態はただひとつだけの観念を体現していると見えるようにするのだ。だが、それが至極なじみやすい形ででてくるので、われわれはそれを自分たちが常日頃考えていたものだ、と思いこんでしまう、というわけである。
<中略>
どんな製品にしろ、それを原料の不定形の山以上のものにさせてきたのは、唯一観念だけである。かたちを生み出すのがデザインだとすればその力はイデオロギーと素材という結合を通じてのみ発生する。そのどちらかでも欠ければこの結合は起こらないのだ。(pp.279-280)

 通常のデザイナー主体のデザイン史に対するクリティカルな語り口は、なんというか実に身もフタもない。近代デザインの源流をウイリアム・モリス以外に見る考え方もあるんだな。
 一通り目を通したが、fladdict氏が言及した「不安や不便の発明」に関する記述は書籍内ではよくわからなかった。彼がここから洞察して展開した話なのかな。随所で語られる歴史の中での人々の観念の姿は、ある意味では不安と表裏一体と言えなくもない。

さて、この先の情報社会に生み出される観念は何だろうか?
その前に、それを投影するための想像力を持ち続けられるんだろうか。

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Amazonマーケットプレイスで購入した、「世界大百科年鑑1973」(平凡社)が届いた。¥2600也。さすがに年期の入った外観で、今となっては過去の遺物でしかない35年前の年鑑である。やっと手に入った。

さて、なんでこんな本を探し求めていたかというと、本来とは別の意味での価値が埋もれているからだったりする。言い方を変えれば、デザインのことを教えてくれるような情報が載っている本ではないが、デザインによって情報を伝えてくれる本である。

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Amazonマーケットプレイスで購入した「四人のデザイナーとの対話」(多木浩二著)が届いた。篠原一男、磯崎新、杉浦康平、倉俣史朗と錚々たるメンバーと多木浩二の対談集で、1970年代当時のデザイナー達が考えていた思想がまとめられた貴重な記録である。

1974年から80年代初頭にかけて、新宿御苑近くの原田喜佐商店ショールーム・壁装館の地下にあったスペースで"キサデコール"の呼び名を冠したセミ ナーシリーズが開かれていた。『四人のデザイナーとの対話』(1975/新建築社)はその最初期に催された4つのイベントをまとめた本。批評家・多木浩二氏がゲストクリエーターを迎えての対談の形式がとられている。
life: 空間デザイン読本

大学生時代に図書館で借りて真剣に読んだ経験があるのだが、自分で欲しくてもとっくに絶版になって買うこともできなかった。今頃になってインターネットのお陰で手に入れることが出来て嬉しく思う。神様ありがとう。思えばこの本で杉浦康平を知り、「図」が好きになったっけな。豊富な図像を題材に、人間を生き物としての根源まで遡り独自の謎かけと解釈を続ける氏の話は今読んでもスリリングで、あと3人の話はもうきれいに忘れていたが(笑)この人の部分だけは10年以上経ってもほとんどちゃんと覚えていた。

グラフィックデザインの講義で紹介している話もこの辺に出典があったりする。
本文より、一つ紹介。

昨日の続き
寿司屋は特殊としても、デザイン行為のたとえとしてよく聞くのが、「医者」。患者に問診してどこが悪いかを調べ、対応する処置を取る。この関係をクライアントとデザイナーの関係に見立てるものである。佐藤可士和がよく使っているらしいけども、この比喩は割と色んな人たちから聞く気がする。(ついでに、これはコンサルレベルの仕事やそろばん勘定ができないと恥ずかしくて言えないセリフで、若者がしったかして使うとベテランに『何様だ』と怒られることになる)

さて、たとえにする以前に、医者の方々はどんな仕事しているかというと。
「宿命です。365日ビシッと診ていけば人間は非常に強くて元気になる。患者さんが助かるために仕事をしている訳でその他のものではありませんからね」
プロフェッショナル 365日24時間医者であれ 外科医、幕内雅敏
以前、プロフェッショナルでやってたこの外科医の回を見た時、激務の中の相当な勉強量だけじゃなく、なによりも人命を救う最後の砦としての強烈な責任感に心の底から震え上がったことをよく覚えている。もちろんこれは最高峰レベルの仕事人ではあるが、半端な知識だけで表面的にたとえちゃいけないよな、と思った。

というわけで、ささやかながら医者の仕事のことも知ろうと努めているが、最近読んだ新書「見習いドクター、患者に学ぶ -ロンドン医学校の日々- 」という本は興味深かった。
医者が患者と対話しながら情報を得る際の「問診」という言葉を知っている人でも、その際、医者がどういうテクニックを使っているかを知る人は少ない。ある若手医者の留学体験を綴ったこの手記は、その辺を紹介している貴重な一般向けの本だ。

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ドナルド・ショーンのThe Reflective Practitioner(1983)の完訳版が昨年末に出たことを知って、早速購入してみた。
これまで訳書として知られていたのが、左の「専門家の知恵-反省的実践家は行為しながら考える-」(2001)で、日本の情報デザイン教育で取り入れられた"リフレクション"の理論的ルーツというべき重要な本だが、残念ながら理論の中心部分だけに絞られている部分訳で、残り大部分を占める「専門家の思考の事例研究」部分はカットされている。それが訳されているのが今回の完全版「省察的実践とは何か-プロフェッショナルの行為と思考-」(2007)である。その事例は、建築デザイナー、カウンセラー、都市プランナー、経営マネジメント・・・など。プロがプロたる所以の行為の詳細なプロトコルが分析されていて面白い。
ペトラ(※学生)は、問題を解決しようとして行き詰まっていた。クイスト(※師匠)はペトラが設定した主要問題について批判的に省察をおこない、問題の枠組み転換をおこない、ねじれた敷地にあてはめる新しい幾何学的配列という結果を生み出すことへ向かっている。<中略>クイストはこの作業をしているうちに選択の享受から込められた意味の受容へ、局所的なユニットのとり組みからその結果生じる全体に関する距離を置いた考察へ、一時的な検討のスタンスから全面関与のスタンスへと変化するのである。クイストは状況からの応答を聞きながら今後講ずる手だてのための意味の体系を生み出すまったく新しい考え方に気付く。(第三章 状況との省察的な対話としての建築デザイン p112)

残念ながらアマゾンでは品切れですが、僕はジュンク堂のオンラインショップで買いました。


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